もと豊後国(大分県)杵築藩の御用窯焼き。のち鍋島家の許可を受けて有田の黒牟田において藩用の梅干し壺を製し、その後この地に土着しました。学識・弁才があり、文化(1804-18)の頃泉山原料採掘に関して内山・外山間に紛争があった時には、選ばれて時の代官に陳情しました。没年不明。(寺内信一)