尾張藩の臣平沢清九郎父子の作。父は九朗・今昔庵と号し1772年(安永元)生まれ。茶事を好みまた勤仕の余暇に製陶を楽しんです。その器は多く瀬戸窯の古法に倣うが、時に唐津・南蛮などを模した器があって、すこぶる妙域に達しています。世に九朗焼といいます。長子陶斎もまた陶法をよくし雅趣があって父の作に似ています。次子九朗松柏は養老園朗岳と号して兄陶斎の嗣となりました。同様に製陶の妙を極め器に所掲の符を款しました。(『をはりの花』『名古屋市史』)