呉介 ごすけ お話marusankakusikaku X Facebook はてブ LINE Pinterest コピー 2011.06.082023.07.23 文政・天保(1818-44)頃の京都の陶工。自ら三世乾山と称して陶器を焼き、1831年(天保二)乾山の百回忌追善のためと称して鳴滝の土を採って香合をつくり、これを知人に分配しました。乾山百回忌は1842年(天保一三)に当たるはずですから、1831年は八十九回忌であります。呉介の所為はまさに名を売るための手段と評すべきであります。(『日本陶甕史』)