漢作 大名物 伯爵 松平直亮氏藏
名稱
東山御物內別帳に、伊木清兵衛茶人とあるは此茶入の事なるべし。事質文編に清兵衛は尾州の産なり本姓香川氏にして名を忠次といひ、濃州伊木山の役に軍功ありしを以て伊木と改稱す、池田信輝に仕へ攝州花熊、城州山崎、尾州犬山等の戰に敵を破りて、武名頗る高し、信輝の子輝政の播州を領するに及んで、従五位下に敍し、豊後守に任せられ、同州三木城に居り、三萬七千石を領すとあり。
雲州寶物傳來書には「伊木肩衝、秀吉より伊木七郎右衛門拜領す」とあり。此の七郎右衛門と、前記清兵衛と同人か異人か、今之を審かにするを得ず。
寸法
高 參寸八厘
胴徑 貳寸五分五厘
口徑 壹寸壹分半
底徑 壹寸五分半
肩幅 五分
附屬物
一蓋 一枚 窠
一箱 桐 白木 書付 不昧
伊木肩衝 蓋
一御物袋 茶縮緬 緒つがり遠州茶
一袋 二つ
紹鷗純子 裏萌黄紋海氣 緒つがり紫
雨龍紋純子 裏萌藍見る茶海氣 緒つがり紫
一袋箱 桐 白木 書付 不昧
伊木肩衝 袋
一挽家 黑塗 中次
袋革 內灰色 外茶色 緒つがり藍天鵞絨
一內箱 桐 白木
一外箱 桐 春慶 黑漆銘 内張紙煮黑ミ 錠前附
表蓋 伊木肩衝 胴箱 伊木肩衝
一添盆 內赤盆
方六寸五分 鏡方四寸九分
包物 白羽二重拾
箱 桐 白木 書付 不昧
內赤盆
包物 更紗 高御納月茶羽二重
す
を得
伊木肩衝
雜記
伊木清兵衛茶入 行方忘れず。 (東山御物内別帳)
伊木肩付 唐物 秀吉公より伊木七郎右衛門拝領す、後年 桂川周甫殿御取次申、御買上に相成、御代金三百兩に何上候、此御品位金三千兩位に古來申傳候由。 (雲州寶物傳來書)
伊木肩衝 百六十五兩 月池先生(桂川周甫築地に住す、仍て月池先生と云ふ)。 (大崎様御道具代御手控)
伊木肩衝 漢なり、青木肩衝と同時代にして、同手同藥立なり、而して新田、勢髙、不動等と比するに、藥立同時代と雖も、時代劣りたり。 (松平不昧著瀬戸陶器艦觴)
伊木肩衝 惣體地黒みたる置方、黒みかゝる飴、板起し渦のやうになる、土赤みあり、なまり土、ろうあり、ひさし肩。 (幕庵文庫甲第九號)
伊木 漢 大名物 雲州公。飴藥に友なだれ、板おこし、土黒み鼠、大われ。 (鱗凰龜龍)
傳來
豊臣秀吉所持にして、伊木七郎右衛門(異本 清兵衛)に賜ふ、而して其の傳來審かならず。松平不味公の之を買い取りたるは幕府の舊官桂川周甫の取次にて、代金三百兩なりしと云ふ。周甫は有名なる蘭法醫にて傍ら古器を好みたるを以て、不昧公と親交あり、平常公の侍醫たりしとなり。
實見記
大正七年五月二十七日、松江市松平直亮伯家事務所に於て實見す。
口作拈り返し深く、他の同級茶入に比して其口徑三四分方締り、胴廻りに沈筋を見受けざるは此茶入の特徴なり、黒飴釉中に柿色スケ模様ありて光澤極めて美事なり、裾以下鐵氣色の土を見せ、底板起しにて肩及び口の邊に繕ひあり、胴中より底にかけて大破あり、其破損の幅最も廣き所二寸二分除あり、固より大疵物なれども、其口の締りたるが、爲め品位頗る高く、漢作中に在りて、一種特異の形式を具へたる茶入と謂ふべし。