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千利休 一重切 銘 園城寺

千利休 一重切 銘 園城寺
千利休 一重切 銘 園城寺

大名物
付属物 内箱 杉白木
外箱 桐白木 貼紙 書付
仕覆 紺地水鳥文純子
添状 二通 利休武蔵鐙文(千利休より古田織部あて)
一燈宗室より上田小平次あて
寸法
高さ:33.4~34.0cm 口径:10.5~10.8cm 底径:10.3~11.2cm 厚サ1.5cm 重さ:884g
所蔵者 東京国立博物館

 天正十八年(一五九〇)秀吉が小田原なる北条軍を攻めたとき、随伴の利休は陣中で、伊豆韮山の竹で花入を三本切った。これが竹花入の初めで、一重切のほかに自分のものにし、帰陣の後、息子の少庵に与えた。
 他の一本は寸胴形で「尺八」と銘し、三本目は二重切で「夜長」と銘した。
 少庵に与えた一重切は二節を通して一筋の裂け目がはいっているので、少庵は自ら銘して裏に「園城寺」と彫った。これは園城寺(三井寺)の鐘の割れに着想した茶人の機知である。
 韮山竹で三本の花入を切った当時の様子は、織部あての利休の文(『武蔵鐙の文』といって有名なものである)で明らかである。
 この花入は三四cm、たいていの花入(竹に限らず陶磁花入を含めて)のうちでも丈高く颯爽の姿である。利休創始の歴史的意味においても竹の質からいっても、少庵の書入れによっても、竹をもって花入とした利休の佗び精神を物語り、竹の花入の王者たること動かしがたい。
 そればかりでなく、この花入の伝来をたどるに享和(一八〇一)のころ、江戸深川の冬木家から不昧側近の道具商本屋丁我が、二百五十両(泣金八百両)で松平不昧公に納め、昭和時代、松平家から東京国立博物館に寄贈された。
 一燈宗室の添状(江戸深川冬木家、上田小平次あて)
利休一重切銘
園城寺八世に知る
所の花入也 是
一重切始のよし
先祖より所伝候
猶々御秘蔵可被候
不具
四月廿八日
上田小平次殿 一燈(花押)

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