


成高(なりたか)肩衝
古瀬戸 公爵 徳川家達 氏 所蔵
名称
背(丈)が高い茶入であるため、このように呼び慣わされたものであろう。
寸法
高さ:約10.6cm(3寸5分)弱
胴径:約7.3cm(2寸4分)
口径:約3.6cm(1寸1分 / 本文「1寸2分」)
底径:約3.8cm(1寸2分5厘)
甑高(ネックの高さ):約0.9cm(3分)
肩幅:約1.2cm(4分)
重量:150g(40匁)
附属物
・蓋:3枚(うち2枚は窠(す・裏面のくぼみ)あり)
・御物袋(おものぶくろ):白縮緬、紐のつながりは白
・袋:2つ
笹蔓純子(ささづるどんす)(裏のつながりは海気(かいき))
古金襴大牡丹(こきんらんおおぼたん)(裏のつながりは海気・茶色)
・挽家(ひきや・木箱):花琳(かりん)材、金粉による文字形あり
(成高)
成高肩衝
・袋:蜀紅錦(しょっこうにしき)(裏のつながりは、さや形紋の純子・茶色)
・箱:桐の白木(プレーンな木肌)、墨書付き
(成高 肩衝)
瀬戸
包み布:白茶地
・外箱:黒塗り、金粉による文字形あり
(成高 肩衝)
瀬戸
雑記
成高肩衝:寛永5年(1628年)12月15日、藤堂(高敏)和泉守が献上した。全体は柿色の地に黒釉が施され、斑点模様(景鵞斑・けいあはん)が生じている。肉厚な作りで古風な趣がある。胴には横筋(紐)が一筋通っている。
寸法は、高さ約10.6cm(3寸5分)、胴径約8.5cm(2寸8分)、口径約3.6cm(1寸2分)、肩幅約6.7cm(2寸2分)、底径約3.8cm(1寸2分5厘)。
袋は2つあり、笹蔓純子(裏地は黄色)、古金襴大牡丹(裏地は紫、紐は同上)。御物袋は白縮緬(紐は白)。蓋は象牙製が3枚(内2枚は替え蓋)。挽家は花琳材で、蓋の上面(甲)に金粉で「成高」の文字がある。袋はもう一つ蜀紅錦(裏地は紋どんす、紐のつながりは茶色)があり、箱は白木で蓋に墨書がある。外箱は黒塗りで蓋に金粉の文字形がある。(茶入の図面あり)
(『徳川家御道具書画目録』より)
藤堂高敏(和泉守):実際は藤堂高通の嫡男であり、高睦(たかちか)の後を継いだ。寛永5年12月15日、父(高睦)の遺品である「来国次(らいくにつぐ)の小脇指」と「瀬戸成高の肩衝」を将軍に献上した。
(『寛政重修諸家譜』より)
伝来
成高(瀬戸):寛永5年12月15日に藤堂和泉守が献上。三番御長持(収納箱)に保管。袋は2つ(笹蔓・古金襴、いずれも裏地は海気・時代物)。蓋は1枚のほかに替え蓋が2枚。
(『上御道具』より)
藤堂和泉守が所持していたもので、寛永5年12月15日に藤堂和泉守高敏が、その父である和泉守高睦の遺品として、これを将軍(※徳川綱吉とあるが寛永5年時点では家光、のちに綱吉の代に整理されたか、あるいは高敏の献上年についての記述に諸説あり)に献上したものである。
実見記
大正7年(1918年)11月8日、東京府下千駄ヶ谷の徳川家達公邸にて実際に拝見した。
形状は樽のようで、口が締まり、肩が張り、底に向かって窄まっている。首(甑)から肩にかけて黒釉が掛かっており、全体の地色は薄茶と薄紫が混ざり合ったようである。黒釉の部分には瀬戸焼独特の斑点模様(鵞斑)が見られる。釉薬の景色(置形)は薄紫と黒が入り混じり、その間に黄緑色の斑点(鶸斑・ひわはん)が交じっている。胴には沈み筋が1本めぐっており、その筋の下に「煎餅膨れ(不規則な膨らみ)」が1箇所ある。裾から下はやや赤みを帯びた薄灰色の粘土(土見)が見え、糸切(底の仕上げ痕)は細い。すべてにおいて古瀬戸の特徴がはっきりと現れており、非常に名高い「鎗の鞘(やりのさや)」という茶入に似ている。その形態はわずかに品格に欠ける(野暮ったい)嫌いはあるものの、落ち着きがあって誠に控えめ(大人しい)で優れた茶入である。
【原文】
成高肩衝
古瀬戸 公爵 徳川家達氏 蔵
名称
丈高き茶入なるが故に、斯く呼做されたるならん。
寸法
高 参寸五分弱
胴徑 貳寸四分
口徑 壹寸貳分
底徑 壹寸貳分五厘
甑高 參分
肩幅 四分
重量 四拾匁
附属物
一蓋 三枚 内二枚 窠
一御物袋 白縮緬 緒つがり白
一袋 二ッ
笹蔓純子(裏つがり 海気)
古金襴大牡丹(裏つがり 海気・茶)
一挽家 花琳 金粉字形
(成高)
袋 蜀紅錦(裏つがり さや形紋純子・茶)
一箱 桐 白木 墨書付
(成高 肩衝)
瀬戸
包物 白茶地
一外箱 黒塗 金粉字形
(成高 肩衝)
瀬戸
雑記
成高肩衝 寛永五子年十二月十五日藤堂和泉守上る。總體柿地黒釉にて、景鵞斑(けいあはん)になる、厚作にして古雅なり、胴に紐一筋あり、高三寸五分、胴二寸八分、口一寸二分、肩二寸二分、底一寸二分五厘、袋二ッ笹蔓純子(うらき)、古金襴大牡丹(うら紫、共同上)御物袋白縮緬(緒白)、蓋三枚象牙(洲内二枚は替蓋)挽家花琳甲に金粉字(成高)とあり、袋蜀紅錦(裏紋どんす、緒つがり茶)箱白木、蓋に墨書付、外箱黒塗、蓋金粉字形。(茶入圖あり)
(徳川家御道具書画目録)
(所蔵)
藤堂高敏和泉守 實は高通の嫡男なり、高睦の後を繼ぐ、寛永五年十二月十五日、父(睦高)の遺物來國次の小脇指、瀬戸成高の肩衝を献す。
(寛政重修諸家譜)
傳来
成高(瀬戸)寛永五子年十二月十五日藤堂和泉守上、三番御長持。袋二ッ、笹蔓(海気・上代)、古金襴(海気・上代)、蓋一枚外に替蓋二枚。
(上御道具)
藤堂和泉守所持にして、寛永五年十二月十五日藤堂和泉守高敏其父和泉守高睦の遺物として之を将軍綱吉に献上せるものなり。
實見記
大正七年十一月八日、東京府下千駄ヶ谷徳川家達公邸に於て實見す。形状樽の如く、口締り肩衝き、尻窄まり、甑より肩にかけて黒釉掛り、總地色は薄茶と薄紫と相混じたるやうにて、黒釉にて瀬戸特色の鵞斑あり、置形は薄紫と黒色と錯綜して其間に鶸斑(ひわはん)を交ふ、胴に沈筋一本を繞らし、其筋下に煎餅膨れ一ヶ所あり、裾以下稍々赭(あか)味を帯びたる薄鼠の土を見せ、糸切細く、總て古瀬戸の特徴歴然頗る彼の鎗の鞘に似たり、其形態聊か品位に乏しき嫌ひあれども、沈着にして誠に大人しき茶入なり。



