


筑紫肩衝(つくしかたつき)
中国製(漢作) 大名物 徳川達孝 伯爵 所蔵
【名称の由来】
この茶入は、もともと筑紫(現在の福岡県周辺)にあったため、その地名をとって名付けられたのだろう。
【寸法】
高さ:約8.3cm(二寸七分五厘)
胴の直径:約7.6cm(二寸五分)※帯(胴の膨らみ)の部分で
口の直径:約3.9cm(一寸三分)
底の直径:約3.6cm(一寸二分)
甑(こしき:口の立ち上がり)の高さ:約1cm(三分二厘)
肩幅:約1.2cm(四分)
重量:約100.5g(二十六匁八分)
【附属品】
・蓋:1枚(象牙製)
・御物袋(大切なものを入れる袋):紫色の縮緬(ちりめん)、結び紐は紫色
・仕覆(茶入を入れる袋):2つ
1つは珠光緞子(じゅこうどんす)、裏地は萌黄色の海気(かいき:絹織物)、結び紐は紫色
もう1つは伊藤間道(いとうかんとう)、裏地は萌黄色の紋柄緞子で少し擦り切れている、結び紐は紫色
・袋を入れる箱:桐の白木
・袋箱の外箱:杉の白木(次のような書き付けがある)
「享保16年(1731年)9月23日、田安家へ寛山公(徳川宗武)がお移りになる際、有徳院様(徳川吉宗)より拝領した。筑紫肩衝の袋2つ」
・挽家(ひきや:茶入を納める筒状の容器):黒漆塗り、金粉の沃懸(いかけ)仕上げ
挽家の袋:亀甲唐花文様の金襴、裏地は紅色の海気、結び紐は紫色
・内箱:桐の白木、片桐石州の書き付けで「筑紫 肩衝」とある
・外箱:桐の厚板、四つ足のかぶせ蓋。小堀大膳(正保)の書き付けで「筑紫 肩衝」とある
・総箱(すべてを納める一番外の箱):杉の白木(次のような書き付けがある)
「享保16年9月23日、田安家へ寛山公がお移りになる際、有徳院様より拝領した筑紫肩衝の茶入。外箱の書き付けは小堀大膳(正保)」
・添え状:1通
「お茶入の箱の書き付けをよく拝見したところ、片桐石見守(石州)殿の筆跡であるとお見受けいたしましたので、お返しいたします。袋のほうは見覚えがありません。敬具。 4月25日 尾代太郎、岡田多門宛」
【過去の文献等における記載】
(各書物での「筑紫肩衝」の書かれ方の引用です)
・『玩貨名物記』:「津くし(筑紫)」将軍家のお茶入の部、朱色での書き込みあり。水戸様へ献上された。
・『御物御道具記』:「筑紫」竹中采女が所持。袋は珠光緞子、モウル(織物の一種)。
・『御数寄屋御道具帳』:「筑紫肩衝」竹中が所持。袋はごんす(緞子)、モウル。一番御長持に収納。
・『古今名物類聚』:「つくし」水戸殿が所持。
・『麟鳳亀龍』:「つく志」京都の大文字屋から豊臣秀吉公へ、その後田安公へ。
・『名物記』:「筑紫」京都の大文字屋から太閤(秀吉)へ、現在は水戸家にある。
【茶会での使用記録】
・『古代置合記録』より:寛文5年(1665年)12月3日、表園にて厳有院様(四代将軍 徳川家綱)のお茶会にて使用。
お客:酒井雅楽頭、阿部豊後守、稲葉美濃守、久世大和守
掛軸:玉澗筆の滝の絵 / 花入:青磁の蕪無(かぶらなし)、花は梅と椿(将軍自ら生けられた) / 茶入:つくし(筑紫) / 茶杓:小堀遠州作
・『徳川家茶会之記』より:寛文10年(1670年)11月14日、奥新御園にて甲府宰相殿、井伊掃部頭が相伴した茶会で使用。
掛軸:虚堂の墨蹟 / 花入:青磁の蕪無、花は白梅と赤椿 / 茶入:筑紫(袋は珠光緞子) / 茶碗:井戸茶碗(替え茶碗は三島)
・『慕庵文庫甲第十七号』より:弘化2年(1845年)6月10日の記録。袋の柄や箱の様子、茶入の釉薬(アメ色の釉薬や黒い釉薬の掛かり具合、金気のある様子など)、土の色(浅黄色やネズミ色)、底の形状などが非常に細かく記されている。(茶入の図解もあり)
【伝来(持ち主の歴史)】
昔、京都の大文字屋が所持しており、そこから豊臣秀吉に伝わった。その後、竹中采女が拝領し、さらに徳川家康に献上された。その後に水戸藩主が拝領し、寛文6年(1666年)8月23日に水戸頼房の遺品として幕府(将軍家)に献上された。享保16年(1731年)9月23日、八代将軍・徳川吉宗の三男である宗武が江戸城の田安門内に別邸を与えられて独立する際、将軍からこの茶入を分け与えられ、それ以降田安徳川家に伝わって今日に至っている。
【実見記(実際に見て観察した記録)】
大正9年(1920年)11月1日、東京市芝区三田綱町(現在の東京都港区三田)の徳川達孝伯爵邸にて実物を拝見した。
口の作りは厚手で、折り返しは浅く、口の縁の一部が少し薄くなっている部分がある。甑(口の付け根)の下は引き締まっており、その周囲に浮き上がった筋が一周している。肩はくっきりと張り出しており、肩先から丸みを帯びて膨らみ、裾(下部)に向かって次第に細くなっている。胴を巡る一本の沈んだ筋が茶入の高さの3分の2あたりにくっきりと入っており、一部には飴色の釉薬が美しい光沢を放って掛かっている部分がある。裾より下は鉄分を含んだような色の土(胎土)が見えており、底の板起こし(底の作り)は縁が少し高くなっており、しかも擦り減っている。
全体的に栗色(茶褐色)の地肌に紫がかった色味を含んでおり、さらに金気(金属のような光沢)が多く、まるで銀の砂子(細かく砕いた銀箔)のように日光に反射してチラチラと光って見える。
肩の回りでは黒飴色の釉薬が両側から流れ落ちて合流し、胴の紐(突起した筋)の下から一つになって、盆付き(底の接地部分)まで雪崩(なだれ)のように垂れ下がっている。その釉薬が溜まった部分は厚く、青瑠璃色(深い青色)を呈している。
この釉薬が垂れた「置形(おきなり:正面の景色)」の反対側の面にも、黒飴色の釉薬の垂れがある。肩先や腰の回りには、柿色を含んだ「釉抜け(釉薬が掛からず土が見えている部分)」があり、その抜けの周囲に黒飴色の釉薬が点々と散らばっていて、非常に趣のある面白い「景色(模様や見どころ)」を作り出している。
全体に傷(疵)がなく、作りが一段と優れており、景色の面白さは言葉で言い表せないほどである。胴の紐の下には細かく小さな粒がくっついたような跡(ヒッツキ)があり、また裾より下の土が見えている部分には細かい轆轤(ろくろ)の目が回っている。中国製の茶入(漢作茶入)としては、非常に変化に富んだ作風である。
内部は、口の縁に釉薬が掛かっており、それより下は轆轤の跡がくっきりと巡っていて、底の中央は大きな渦巻き状になっている。
【原文】
筑紫肩衝
漢作 大名物 伯爵 徳川達孝氏 蔵
名称
此茶入もと筑紫に在りしに依り、地名を以て稱せられしならん。
寸法
高 貳寸七分五厘
胴徑 貳寸五分 帶にて
口徑 壹寸參分
底徑 壹寸貳分
甑高 參分貳厘
肩幅 四分
重量 貳拾六匁八分
附属物
一 蓋 一枚 象
一 御物袋 紫縮緬 緒つがり紫
一 袋 二つ
珠光純子 裏萌黄かいき 緒つがり紫
伊藤廣東 裏萌黄紋純子ヤツレ 緒つがり紫
一 袋箱 桐 白木
一 袋箱の外箱 杉 白木 書付 如次
享保十六辛亥九月二十三日 田安へ寛山公御徒之節
有徳院様より御拝領
筑紫肩衝 御袋二
一 挽家 黒塗 金粉沃懸
袋 茶入龜甲唐花金襴 裏紅海氣 緒つがり紫
一 内箱 桐 白木 書付 片桐石州
筑紫 肩衝
一 外箱 桐 厚板 四足かぶせ蓋
筑紫 肩衝 書付 小堀大膳正保
一 總箱 杉 白木 書付 如次
享保十六辛亥九月二十三日 田安へ寛山公御徒之節
有徳院様より御拝領
筑紫肩衝御茶入
外箱書付 小堀大膳正保
一 添書付 一通
御茶入匣書付熟覧仕候處、片桐石見殿手跡と御見申候、則返上仕候、袋之方ハ見覺不申候、頓首。
四月二十五日 尾代 太郎
岡田 多門
雜記
筑紫肩衝
津くし 御茶入御物の部、朱書入 水戸様上ル
(玩貨名物記)
筑紫 竹中采女 袋珠光、もうる。
(御物御道具記)
筑紫肩衝 竹中 袋ごんす、もうる 一番御長持
(御数寄屋御道具帳)
つくし 水戸殿。
(古今名物類聚)
つく志 大文字屋より秀吉公、田安公。
(麟鳳亀龍)
筑紫 京大文字屋、太閤今水戸。
(名物記)
寛文五巳年十二月三日 表園にて嚴有院様(家綱將軍)御茶
御客 酒井雅樂頭 阿部豊後守 稲葉美濃守 久世大和守
一御掛物 玉礀筆瀑布
一御花入 青磁かぶらなし 御花梅椿 上様被遊候
一御茶入 つくし
一御茶杓 遠州作
(古代置合記録)
寛文十戌霜月十四日 於奥新御園甲府宰相殿井伊掃部頭御相伴御炭御花御手前御前被遊候於御奥御料理御茶終而以後御次書院にて御吸物出、御茶御勝手より出る。
一御掛物 虚堂
一御花入 青磁かぶらなし 御花、白梅赤椿
一御茶入 筑紫 袋珠光純子
一御茶碗 井戸 替茶碗三島
(徳川家茶會之記)
筑紫肩衝 弘化二乙巳六月十日 袋珠光純子 花色地うす茶紋 伊東漢東 太島より上茶 無地下は帶より細鳥なり見事破れて用銀申候 挽家、黒塗、袋錦の類箱、桐書付なし、外箱、桐書付宗中、袋唐花御紋紫眞田緒置方帶より下アメ薬になり、上の方はむらくと黒薬うすく、地濃鼠色にてむら/\と見える、其内に極こまかに金氣一面有、帶半分より少し多く、裏置方の下帶なし、なだれの薬溜り、薬きは〆出し赤く、土色淺黄なり、鼠のやうにも見える、盆付幅二三リン少々摺りたる様子なり、内少々上りて板起し見事なり(茶入圖あり)。
(慕庵文庫甲第十七號)
傳來
昔京大文字屋所持にして、豊臣秀吉に傳はり、竹中采女之を拝領して後之を徳川家康に獻す其後水戸侯拝領あり、寛文六年八月二十三日水戸頼房の遺物として之を幕府に獻じ、享保十六年九月二十三日八代將軍吉宗の第三子宗武、江戸城田安門内に別邸を賜ふに當り、將軍より此肩衝を分賜せられ、爾後傳へて今日に及べり。
實見記
大正九年十一月一日東京市芝區三田綱町徳川達孝伯邸に於て實見す。口作厚手にて、拈り返し淺く、口縁一部薄目の處あり、甑下締り、其周圍に浮筋一線繞る、肩キツカリと衝き、肩先より丸味を持ちて膨れ、裾以下次第に窄まる、胴を繞れる一線茶入三分の二に亙りて沈筋キツカリと立ち、一部飴色釉光澤麗しく掛りたる處あり、裾以下鐵氣色土を見せ、底板起しにて縁少しく高く、且つ磨りたり。總體栗色地に紫氣を含み、且つ金氣多く、銀砂子の如く日光に映じてチラ/\と見ゆ、肩廻りに於て黒飴釉双方より落合ひ、胴紐下より一つに成りて盆附までなだれ掛る、其釉溜厚く、青瑠璃色を現はす、此置形より反對の面に、黒飴釉なだれあり、肩先若くは腰廻りに於て、其中に柿色を含みたる釉ヌケあり、此ヌケの周圍に黒飴釉が散點して、極めて面白き景色を成せり、總體無疵にて、作行一段優れ、景色面白き事言はん方なし、胴紐下に細き小粒ヒツツキあり、又裾以下土の上に細かき轆轤廻り、漢作茶入としては、極めて變化多き方なり、内部口縁釉掛り、以下轆轤目クツキリと繞り、底中央大渦状を成す。


