


加藤小肩衝(かとうこかたつき)
古瀬戸 中興名物 所蔵者:井上勝之助 侯爵
解説:
戦国武将の加藤左馬介嘉明(かとう さまのすけ よしあき)の所持品で、後に近江国(滋賀県)水口藩の加藤家に代々伝わりました。嘉明は寛永4年(1627年)に会津40万石に封ぜられ、同8年(1631年)9月に69歳で亡くなりました。嘉明の子・明成が事件を起こして領地を没収された際、その子・明友は石見国安濃郡に封ぜられましたが、天和2年(1682年)に至り、明友の子である加藤佐渡守明英が近江水口2万5千石を賜りました。これが現在の加藤子爵家の祖となります。
寸法(現代単位換算:1寸≒3.03cm、1分≒3.03mm、1厘≒0.303mm、1匁≒3.75g)
高さ:2寸8分5厘(約 8.64 cm)
胴径:1寸8分5厘(約 5.61 cm)
口径:9分 〜 9分2厘(約 2.73 cm 〜 2.79 cm)
底径:9分5厘(約 2.88 cm)
甑高(首の高さ):2分5厘(約 0.76 cm)
肩幅:2分(約 0.61 cm)
重量:20匁(約 93.75 g)
附属物
・蓋:2枚(窠/象牙の巣のある木目)
・御物袋:1
・仕覆(袋):4つ
1. 紺地花兎(裏地:桃色海気/紐・つがり:藤色)
※加藤小肩衝
2. 升龍純子(裏地:茶海気/紐・つがり:茶色)
3. 日野関東(裏地:萌黄海気/紐・つがり:紫色)
4. 晋羽切(裏地:萌黄海気/紐・つがり:崩黄色)
・袋箱:2つ
1個:書き付けなし/1個:以下の書き付けあり
「小肩衝袋 二ツ」(本多伊予守<号:猗蘭>による書き付け)
・木型:桐製(日野関東の袋に収められている)
・挽家(ひきや/木製容器):花梨(かりん)製
袋:縞天鵞絨(ビロード/裏地:玉虫色/紐・つがり:茶色)
・内箱:黒漆塗(金粉による書き付け)
(表)古瀬戸小肩衝 臣 本多伊予守/中古名物 加藤と云う
(裏)色紙書き付け(内容は以下の通り)
【色紙書き付け内容】
中古名物 在中庵と同手 古瀬戸小肩衝 袋:角倉・音羽錦/升龍・日野関東
江州(近江)水口の加藤家より神戸(伊勢)の本多家へ伝来した後、
若州(若狭)酒井家へ宗長が周旋して所蔵となった。
・外箱:桐製(掻合塗/かきあわせぬり)
・添え書き付け:1通
「この古瀬戸小肩衝は加藤左馬介の所持であり、水口加藤家に伝わっていた。その後、神戸本多家から出された際、宗長が取り扱っていた理由により譲り受けたものである。」
雑記
【名物記 より】
古瀬戸小肩衝 加藤佐渡守所持(朱書き:元文4年巳未年5月26日、本多豫州より届く)。一覧し、同年11月8日に再び借覧した。形状や釉薬の具合は、大体「在中庵(ざいちゅうあん)」に似ている。胴に腰帯(筋)が一条入っている。「在中庵」に比べると地釉がやや薄い。口に小欠け(どもかけ)があり、釉薬が溜まった部分に少しひび(緒)がある。高さ2寸8分(約 8.48 cm)、胴回り1寸8分(約 5.45 cm)、口径9分(約 2.73 cm)、底径9分半(約 2.88 cm)または1寸(約 3.03 cm)、歪み(びすみ)がある。蓋の窠(か)、袋は紺地花兎(裏地:かいさ桃色/紐:薄藤色)。家に書き付けはない。(茶入の図あり)。
【古今名物類聚 より】
古瀬戸小肩衝 中興名物 本多伊予守所持。口に小欠けあり、底に歪みあり、釉溜まりの場所にひびあり。(寸法や附属物に関する記述あり)。
【つれくの友(松山青柯 著)より】
加藤 中興名物 井上家所蔵。釉溜まりにひびがあり、口に小欠けがある。もとは加藤左馬介嘉明の所持で、水口の加藤家に伝わり、その後神戸伊予守、さらに若狭酒井家に伝わった。『三冊銘物録』や『古今名物類聚』などに掲載されている。(寸法、附属物、茶入の図あり)。
伝来
もと加藤左馬介嘉明の所持であり、ひ孫の加藤佐渡守明英まで代々相伝されましたが、後に伊勢神戸藩主の本多伊予守忠総(号:猗蘭)の所蔵となりました。その後、大阪の道具商・戸田宗長(現当主・弥七の祖父)の仲介によって若狭酒井家に納まり、さらに大阪の藤田家を経て、井上侯爵家の所蔵となりました。
実見記(実際に観賞した際の記録)
大正8年(1919年)10月22日、東京市麻布区宮村町の井上勝之助侯爵邸にて実見する。
口部は引き締まり、立ち上がり(粘り返し)は浅い。肩はやや撫で肩で、胴は少し張り出し、裾に向かって窄まっている。柿色の金気釉(かなけぐすり)の中に黒飴色の鶉斑(うずらふ)が全面を覆っており、名物「在中庵」と同様に古瀬戸窯の特色が十分に表れている。
胴には沈み筋(筋目)が一条巡り、裾から下は赤みを含んだ素地(土)を見せている。底の糸切りは細かく滑らかで、トチン跡(ひっつき)は中央を塞がず周縁部に見られるのみである。
口縁(口のふち)に一箇所傷(ひび・欠け)があり、内部は口縁部分に釉薬が掛かり、それ以下は浅い轆轤目(ろくろめ)が見られ、底の中央に至って渦状を成している。
【原文】
加藤小肩衝
古瀬戸 中興名物 侯爵 井上勝之助氏蔵
名称
加藤左馬介嘉明の所持にして、後近江水口の加藤家に傳はる。嘉明は寛永四年會津四十萬石に封せられ、同八年九月六十九歳を以て卒せり。嘉明の子明成立事を以て所領を沒收せらるゝや、其子明友石見安濃郡に封せられしが天和二年に至り、明友の子加藤佐渡守明英近江水口二萬五千石を賜はる、即ち今の加藤子爵家の祖なり。
寸法
高 貳寸八分五厘
胴徑 壹寸八分五厘
口徑 九分又九分貳厘
底徑 九分五厘
甑高 貳分五厘
肩幅 貳分
重量 貳拾五匁
附屬物
一蓋 二枚 窠
一御物袋
一袋 四ッ
紺地花兎 裏 桃色海氣 / 緒 つがり 藤色
加藤小肩衝
升龍純子 裏 茶海氣 / 緒 つがり 茶氣
日野廣東 裏 萌黄海氣 / 緒 つがり 紫
晉羽切 裏 萌黄海氣 / 緒 つがり 崩黄
一袋箱 二ッ
一個 書付あらじ 一個 書付如次
小肩衝袋 貳ツ 書付本多伊豫守(號猗蘭)
一木形 桐 日野廣東の袋に入る
一挽家 花櫚
袋 縞天鵞絨 裏 玉虫 / 緒 つがり 茶
一内箱 黒塗 書付金粉
表 古瀬戸小肩衝 臣 本多伊豫守
中古名物 加藤ト云
裏 色紙書付如次
【色紙書付】
中古名物 在中庵同手 古瀬戸小肩衝 袋 角倉 音羽錦 / 升龍 日野廣東
江州水口加藤ヨリ神戸本多ニ傳來シテ後
若州酒井ヘ宗長周旋シテ所藏トナル
一外箱 桐 掻合塗
一添書付 一通
此古瀬戸小肩衝は加藤左馬介所持にて、水口加藤家に傳り有之、其後神戸本多家より出候時宗長取扱置候由にて譲り請候也。
雑記
古瀬戸小肩衝 加藤佐渡守所持 (朱書入 元文四巳未年五月廿六日本多豫州より來る) 一覽、同霜月八日又借覽 形藥だち大樣在中庵に似申候、腰帶一筋有之、在中庵よりは地藥みうすし、口にどもかけ有、藥溜りの所に少緒有之、高二寸八分、卷一寸八分、口九分、底九分半、或は一寸、びすみ有、蓋窠袋紺地花兎 裏 かいさ桃色 / 緒 うす藤色 家に書付なし、(茶入圖あり) (名物記)
古瀬戸小肩衝 中興名物 本多伊豫守 口どもかけあり、底ひすみあり、藥溜りの所緒有之。(寸法、附屬物の記事あり) (古今名物類聚)
加藤 中興名物 井上家藏 藥溜りに緒ひあり、口にどもかけあり、もと加藤左馬介嘉明所持、水口の加藤家に傳はり、其後神戸伊豫守又若州酒井家に傳はる、三冊銘物錄及古今名物類聚等に出づ。(寸法、附屬物、茶入圖あり) (松山青柯著つれくの友)
傳來
元加藤左馬介嘉明の所持にして、曾孫加藤佐渡守明英まで代々相傳へしが、後伊勢神戸の城主本多伊豫守忠總(號猗蘭)の所藏に歸し、後大阪の道具商戸田宗長(現主彌七の祖父)の仲介にて、若州酒井家に納まり、更に大阪藤田家を経て井上侯家の有と爲る。
實見記
大正八年十月二十二日、東京市麻布區宮村町井上勝之助侯邸に於て實見す。
口縮り粘り返し淺く、肩稍撫で胴少しく張り、裾以下窄まり、柿金氣釉中に黒飴色の鶉斑全面を蔽ひ、在在中庵同樣古瀬戸窯の特色十分に現はる、胴に沈筋一條を繞らし裾以下赫味を含みたる土を見せ、糸切細かくなごもヒッヽキ中央を塞ざで其周圍に於て之を見るのみ、口緣に一ヶ所疵ひあり、內部口緣釉掛り、以下淺き轆轤目を見せ、底中央に至り渦狀を成す。


