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書本

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一由 いちゆう

京都の陶器であるでしょう。モースは「熟達せる陶工の手になる京都式の茶碗あり、蜷川氏の稿本にも単に一由、弘化二年、京都とあるのみ」と述べています。(『日本陶器目録』)
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伊勢天目 いせてんもく

この名は室町末期から江戸初期にかけての茶会記その他に散見され、伊勢(三重県)産の天目かとみられますが、一説に美濃(岐阜県)産の天目で伊勢山田(伊勢市)の御師に年々需用されたものが呼ばれたともいわれます。下手なものであったらしいです。
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一介 いちすけ

名物。楽焼茶碗、赤釉、ノンコウ作。底近くに黒漆で「一介」の文字があり、ノンコウ作の中でも大佗びですぐれたものと評されています。一介は千宗旦に出入りしていた左官で、ある時賃金の代わりにこの茶碗を一介と箱書して与えられました。一介はこれが百余金...
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一楽 いちらく

尾張国(愛知県)の雅陶。一楽は尾張然の老臣滝川豊後守で、先祖は文政年間(1818-30)の滝川一益。退隠して一楽と改名し茶碗・香合の類をつくり瀬戸窯で焼いました。また楽焼を模したがどれも風雅な品であります。どの器にも所掲のような款があります...
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射和万古 いさわぱんこ

伊勢国飯野郡射和村(三重県松阪市射和町)で産出した万古焼の一派。万古焼の創始者である沼浪弄山の姻戚竹川竹斎が始めました。竹斎は国学に詳しく、産業を起こし盛んにすることを思い立ちました。1855年(安政二)四十七歳の時、村民に技術を教えるため...
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意春 いしゅん

朝鮮釜山窯の陶工。伝記は不詳でありますが、『朝鮮方日記』によれば1717年(享保二)に釜山に渡ったとあります。当時はなんらかの理由で朝鮮の原土か釜山に来ませんでしたので、意春も和館内および牧の島の土を調合して製作したと伝えられます。土は鉄分...
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イスファファン いすふぁふぁん Isfahan

イランのほぼ中央にある古都。海抜1500メートル程の高原地にあります。ササン朝時代は軍隊の駐留した町でありましましたが、サファビー朝時代には首都として栄え、ペルシア文化の集中した代表的な都市となりました。市内には1612年から30年にかけて...
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意三 いさん

姓は中山といい、対馬の陶工であります。『朝鮮方日記』には1662年(寛文二)朝鮮釜山に赴いたことが記されています。宗家に所蔵されている作品には意三と墨書きしたものがあり、だいたい深手の呉器形の丸茶碗で、薄い灰色の釉を二回掛け、釉下には鉄釉を...
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石綿焼 いしわたやき

福島県西白河郡および石川郡で生産され万古焼に似ています。強烈な火熱にも耐え実用に適しているといいます。(『福島県の産業』)
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出水 いずみ

モースは著書『日本陶器目録』に「薩摩の北部なる出水村に於て雑器を造り長崎に出す」と記し。1650年(慶安三)から1880年(明治一三)までの各時代の見本を掲げた。しかし現地調査をしたところ根拠になる事績がなく、また関係諸書にも記載されていな...