お話 赤坂焼 あかさかやき 筑後国八女郡羽犬塚村大字蔵敷字赤坂(福岡県筑後市羽犬塚)の産。同地の次郎吉という者が開窯したと伝えられるが年代不詳。一時途絶えたがのち藩の命令により三原富次がこれを再興、その後は当時の陶工緒方次助の子孫が経営。(『茶わん』五六) 2011.04.27 お話原色陶器大辞典
お話 上野釉 あがのぐすり 瀬戸地方の陶器釉の一種。白色の釉肌に青黒色の斑点があります。九州の上野焼の釉色が、白地に青のなだれ釉が特色であるところからこの名が出たものであるでしょう。春丹の創始以来すなわち天保(1830-44)から明治の初め頃まで、主として瀬戸の北谷窯... 2011.04.27 お話原色陶器大辞典
お話 秋風 あきかぜ 大名物。朝鮮茶碗、玉子手。堅手で卵色の光沢が深いので玉子手といわれ、銘は玉に因んで玉鏡、玉兎など月に縁のあるものが多く、この秋風の銘もまた月に思いを寄せたゆかりの銘であるでしょう。卵色と青白色の片身替わりで、茶溜まりの鏡落ちが小輪の段になっ... 2011.04.27 お話原色陶器大辞典
お話 上野太郎助 あがのたろすけ 肥後国(熊本県)の高田焼の陶工。藤四郎の次男。1716年(正徳六)に分家して士族の籍に入り俸禄を世襲。初代の太郎助は一種の白陶を創製し、二代目太郎助は国主に従って江戸に出て楽焼を習得したといわれます。明治の初めの上野弥一郎はその子孫。(『府... 2011.04.27 お話人物原色陶器大辞典
お話 上野忠兵衛 あがのちゅうべえ 肥後国(熊本県)高田焼の陶工。喜蔵の長男。1632年(寛永九)に父と共に細川三斎に従って豊前国(福岡県)より肥後国八代郡高田郷下豊原村(熊本県八代市豊原下町)に移りました。喜蔵を初代として二代目忠兵衛は宝蓋と称し、三代目忠兵衛は一風と号し、... 2011.04.27 お話人物原色陶器大辞典
お話 上野藤四郎 あがのとうしろう 肥後国(熊本県)高田焼の陶工。初代藤四郎は喜蔵の次男。1632年(寛永九)父兄と共に豊前国(福岡県)から移って来ました。藤四郎には二子があり、次男の太郎助は分家して一家をなし、忠兵衛の家と共にみな俸禄を世襲し士籍に入って三家とも盛んに業を営... 2011.04.27 お話人物原色陶器大辞典