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原色陶器大辞典

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宇治 うじ

京都府宇治市。土師の旧地で『日本書紀』雄略紀に山背国内村とあるのはすなわち今の宇治のことであります。雄略天皇十七年に内村の工人か朝夕の御膳に供する清器をつくって献上しました。その後江戸時代初期にこの地で朝日焼が起こりました。宇治田原焼・宇治...
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隠青 いんせい

影青に似ているがこれとは別の一種で、甕質が非常に厚ぐ一面に青色の離花を現わしたものです。離花のあとかすかに青色を施し、さらにその上に釉汁を掛けたもので、その製造は中国明代に始まったといわれています。(『飲流斎説甕』)
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上村信吉 うえむらしんきち

尾張常滑の陶工。白鴎の孫。1814年(文化一一)に生まれました。白鴎の作品を模造しついにその作風を悟り、非常に巧みで一見白鴎の作品と変わらないようです。また水盤や植木鉢などに動物などの浮模様を付けることを創意し、便器の形を考案してつくり始め...
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牛石窯 うしいしがま

肥前国東彼杵郡折尾瀬村大字牛石免(長崎県佐世保市牛石)。木原窯系の一つで金久永の弟子某が開窯したが数年で廃絶。出土品は葭ノ元の作とまったく似ています。(『古木原焼及木原焼系諸窯に就きて』)
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インダス文明の土器 いんだすぶんめいのどき Indus

西パキスタンからインド西北部にわたるインダス河流域には、紀元前三千年から同千七百年にわたる古代文明が開けていました。その中でもモヘンジョーダロ(シンド地方)、ハラッパー(パンジャーブ地方)の都市遺跡は特に有名であります。これらの都市の家屋は...
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嗽・嗽茶碗 うがいちゃわん

古代にうがい用の特定の茶碗があったかどうかは不詳。後世には中国から渡来した天目茶碗がよく嗽茶碗に当てられたことが諸茶書に出ており、『東山御物内別帳』には唐の楊貴妃の嗽茶碗で坤寧殿と名付けたものを載せています。朝鮮語では養歯器(ヤンジキ)とい...
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雲林院文蔵 うじいぶんぞう

京都の陶工。粟田の宝山家の祖先。近江国(滋賀県)の出身であるが中頃から宝山と号し屋号を茶怨屋と称しました。一時清水にいたことがあります。※ほうざん
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入江道仙 いりえどうせん

京都の陶家。寛政年間(1789-1801)、の初代道仙に始まり、三代になって禁裏の御用品を調達しました。1875年(明治八)からもっぱら理化学用紆磁器の製造に従事、1933年(昭和八)当時は道仙化学製陶所と称し年産額三万円程であったといわれ...
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巌焼 いわおやき

モースは巌焼の項を設けてその沿革は詳かでないと記していますが、これは石見国(島根県)永見焼のことであります。(『日本陶器目録』)※ながみやき
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岩船焼 いわふねやき

出雲国能義郡飯梨村岩船(島根県安来市飯梨町)の産。1866年(慶応二)頃の創始。1875、6年(明治八、九)頃広瀬藩知事松平篤郎が所有して東隣山と号し、土器のほかに白磁染め付け物を出していました。1881年(明治一四)母里村(安来市伯太町母...