お話 伊予簾 いよすだれ 中興名物。古瀬戸茶入、尻膨。轆轤目と釉との錯綜が伊予簾に似ていると小堀遠州が銘じたもので、その証し歌は『詞花集』恋下恵慶法師「逢ふことはまばらに編めるいよ簾いよく我を佗びさするかな」。肩幅の一方が広く他方が狭く口の位置が片寄っているのが著し... 2011.05.06 お話原色陶器大辞典古瀬戸大正名器鑑茶入茶道美術鑑賞辞典
お話 井上素三郎 いのうえもとさぶろう 尾張常滑の陶工。1866年(慶応二)生まれ。不識庵素三と称し茶器類を焼いました。1922年(大正一一)10月没、五十七歳。(『常滑地方陶製品製造工業調査』) 2011.05.06 お話人物原色陶器大辞典
お話 今泉雄作 いまいずみゆうさく 実名は彰、字は有当、初め文峯と号しのち也軒また常真居士と称しました。1850年(嘉永三)生まれ。1877年(明治一〇)パリに行き東洋美術博物館館主ギメ一に知られてそこの客員となりました。1883年(同一六)に帰朝して文部省学務局に出仕、岡倉... 2011.05.06 お話人物原色陶器大辞典
お話 伊予焼 いよやき 伊予国伊予郡北山崎村三島(愛媛県伊予市三島町)の陶器。普通の砥部焼と同じく染め付け製の磁器でありますが、創始は明治末年から百余年程前、喜多郡新谷(大洲市)の藩士某が巡遊の途中北山崎村で好上を発見したのに始まるといわれています。のち三島の金岡... 2011.05.06 お話原色陶器大辞典
お話 井上楊南 いのうえようなん 本名井上房太郎、1869年(明治二)現在の愛知県常滑市多屋に生まれました。常滑陶器学校教員となり、1900年(同三三)日本美術院国画講習会にて伝習を受け技術優等賞を受け、大正年間より作陶を始め、1916年(大正五)農商務省第四回工芸展に入選... 2011.05.06 お話人物原色陶器大辞典
人物 今井宗久 いまいそうきゅう 今井宗久 いまいそうきゅう和泉国(大阪府)堺の茶人、政商。1520年(永正一七)生まれ。紹鴎の女婿。宗及・利休と共に天下三宗匠と呼ばれました。初名久秀、のち兼員。彦八郎・彦右衛門と称し、昨夢斎と号しました。もと近江源氏佐々木氏の後裔。大和国... 2011.05.06 人物原色陶器大辞典
お話 井上良斎 いのうえりょうさい 東京の陶工。本名良吉、1828年(文政一一)尾張国(愛知県)瀬戸に生まれました。嘉永年間(1848-54)同国犬山に移った壕仙堂川本治兵衛の窯で従業し、その後江戸四谷(新宿区)の松平摂津守の邸に入り同所の陶工として数年を過ごしました。文久年... 2011.05.06 お話人物原色陶器大辞典
お話 今枝 いまえだ 名物。楽焼茶碗、黒、加賀ノンコウ七種のI。加賀藩の家老今枝家伝来のもので、楽山とも呼びます。加賀ノンコウ七種中最も大形で、外部の光沢が特に麗しく、黒釉中に黄釉が縦に現れ亀甲斑のようであります。高台内の楽印は見事。(『大正名器鑑』) 2011.05.06 お話原色陶器大辞典
お話 韋登 いと 朝鮮慶尚道の地名といわれているが明らかでないようです。萩焼の創始者高麗左衛門、高取焼の創始者八蔵および新九郎は帰化朝鮮人で韋登の出生であるといいますから、同地に陶業があったのでしょう。井戸茶碗の名称は韋登から出たという説があります。 2011.05.05 お話原色陶器大辞典