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人物

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小森忍 こもりしのぶ

1889年(明治二二)12月大阪市に生まれた。受1910年(同四三)大阪高等工業学校(現大阪大学)窯業科を卒業し、京都陶磁器試験所に入門所、1917年(大正六)に至るまでの七年間陶音磁器工芸技術の基礎的研究をなした。1917年満州鉄道中央試...
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酒井抱一 さかいほういつ

画家。1761年(宝暦一一)生まれ。姫路城主酒井忠仰の二男。名は忠因。出家して等覚院文詮暉真といった。抱一屠龍・鶯村・雨華庵・軽挙道・人・庭柏子の号がある。西本願寺文如上人の養子となり権大僧都に任ぜられたが、のち寺務を捨てて江戸に帰り根岸の...
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九谷庄三 くたにしょうざ

九谷焼の陶画工。加賀国能美郡寺井村(石川県能美郡寺井町)の人。1816年(文化一三)生まれ。初名は七、嘉永(一八四八五四)頃から庄三と改めた。若い頃古酒屋孫次に陶画を学び、また粟生屋源右衛門に楽陶を習った。1832年(天保三)から小野窯の陶...
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坂本周斎 さかもとしゅうさい

江戸時代中期の茶人。1666年(寛文六)生まれ。名は宗信、号は閑事庵。山田宗徧あるいは天然斎宗佐の門下ともいう。『閑事庵宗信日記』『雪間草』『茶道惑解』などの著書があり、これらは茶器・骨董を調べる基本書物とされている。1749年(寛延二)三...
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酒井田円西 さかいだえんせい

初代柿右衛門の実父。有田の東方白石(佐賀県杵島郡白石町)より曲川村南河原(西松浦郡西有田町曲川)に移って来た。俳諧を好み筑前国(福岡県)博多の承天寺の住職某と懇意となり、たまたまこの住職によって竹原五郎七(一に高原)を知り、子柿右衛門に白瓷...
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久隅守景 くすみもりかげ

狩野派の巨匠で古九谷に陶画を描いた。加賀金沢堤町に生まれ、通称半兵衛、一陳・無礙斎・無下斎などと号した。早くから京都に出て狩野探幽の門に入り、師の筆意を得ることにすぐれていた。また雪舟の画風を慕って墨筆を巧みにした。晩年には藤村庸軒に茶道を...
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近藤富作 そこんどうとみさく

相馬焼の陶工。技能抜群で、特に梅花および瓢箪などを刻して装飾としたものをつくった。作品のうちに土精良で釉もまた精緻なものがある。(『日本陶器目録』)
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近藤重蔵 こんどうじゅうぞう

1798年(寛政一〇)ロシア人が千島に侵入した時、幕命を受けて同地に赴き択捉島(エトロフ)に「大日本恵土呂府」の標柱を建てた。重蔵守重はこの時択の土と釉を持ち帰って茶碗を焼いた。(『日本陶磁器と其国民性』)
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佐久間正勝 さくままさかつ

安土・桃山時代の武人。織田信長の家臣佐久間信盛の子。1556年(弘治二)生まれ。初名信栄、通称甚九郎。茶を千利休に学び、武人中の数寄者として知られました。1580年(天正八)石山本願寺合戦の最中に茶事に耽溺した罪によって父信盛と共に高野山に...
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古酒屋孫次 こざかやまごじ

安政(1854-60)頃の九谷焼の陶画工。もと肥前伊万里の人、幼名友次郎。天保(1830-44)初年加賀国石川郡本吉(石川県白山市美川本吉町)の古酒屋孫左衛門の養嗣子となり、名を孫次と改めました。伊万里または瀬戸より白磁を取り寄せ金彩赤絵付...