金継ぎを受け賜っています。お気軽にお問い合わせ下さい。

人物

お話

五島慶太 ごとうけいた

実業家。1882年(明治一五)長野県小県郡の別所温泉の近く青木村の小林家に生まれた。松本中学から東京高等師範学校(現東京教育大学)に学び、三重県の4日市商業の英語教師をしたが、志を立てて東京大学へ進んだ。この間、富井政章・加藤高明の家庭教師...
お話

佐久間真勝 さくまさねかつ

江戸時代初期の武人。1570年(元亀元)生まれ。徳川家康・秀忠・家光の三代に歴任し、将監と称し、河内守に任ぜられた。晩年京都紫野(北区)に隠棲して茶室寸松庵を建て茶事三昧に過ごし、寸松庵と号した。所持した色紙を寸松庵色紙といい、世に名高い。...
お話

作根弁次郎 さくねべんじろう

江戸今戸焼の陶工。土風呂の妙工として名があり、また煎茶用涼炉をもつくった。嘉永年間(1八四854)の人である。『本朝陶器攷証』に所載されている弁次郎はこの人のことであろうか。(『日本陶瓷史』)
お話

五郎七 ごろしち

姓は高原、また竹原に作る。わが国磁器の功労者で、かつてはわが国磁器の祖として挙げられた時代もあるが、その詳伝は未だ明らかではなく伝奇的謎の人物である。佐賀県有田の酒井田家記録、長崎県三川内の今村家書留によると、五郎七は朝鮮人で加藤清正に従っ...
お話

佐吉 さきち

彦根藩窯湖東焼の陶画工。尾張国春日井郡大喜村(名古屋市瑞穂区大喜町)に生まれた。陶画研究のため肥前(佐賀・長崎県)に赴き、1857年(安政四)正月湖東焼御抱えとなり、半年にならないうちに扶持を給されて市四郎ら良工の作品に絵付をした。1862...
お話

坂新兵衛 さかしんべえ

長門国(山口県)萩焼の陶工。開祖高麗左衛門の第八世。土斎と号した。1796年(寛政八)生まれ。1826年(文政九)に藩主毛利侯より大阪へ上るように命じられ、さらに京都にも召し出されてその製陶の技を有栖川宮の台覧に供した。その時の土がなかった...
お話

坂倉多吉 さくらたきち

長門国(山口県)深川焼の窯家。坂倉加助・坂倉多吉は1775年(安永四)に開業し、藩より世禄を受けて家業を継いだ。坂倉家の先祖は帰化朝鮮陶工の李勺光である。李勺光は萩焼の祖高麗左衛門の兄。(『府県陶器沿革陶工伝統誌』)
お話

小山田佐兵衛 やまださへえ

肥前国(長崎県)の陶工。帰化朝鮮人で本名朴正木原窯の祖金久永の甥。薩摩国小山田村(鹿島県姶良郡加治木町小山田)に生まれ、のち小山田佐兵衛と名乗った。1626年(寛永三)肥前柳ノ元元窯を開き、また地蔵平窯をも始め、さら慶安年間(1648~15...
お話

坂上重次郎 さかがみじゅうじろう

紀伊国(和歌山県)瑞芝焼の創業者。和歌山の豪家で家号を岡崎屋といい、号は瑞芝、商取引の際には十次郎を用いた。1801年(享和元)に瑞芝焼を起こした。1816年(文化一三)七月没、43歳。二代重次郎は幼少であったため親戚の岡崎屋喜右衛門の補佐...
お話

口石丈之助 くちいしじょうのすけ

肥前国三川内(長崎県佐世保市三川内町)の陶工。透し彫りの名人で香炉その他微細な細工を得意とした。1902年(明治三五)2月没、六十九歳。