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人物

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七兵衛 しちべえ

七兵衛・基左衛門ともに対馬の人。文禄の役(1592-4)で秀吉が肥前国名護屋(佐賀県唐津市鎮西町)に在営中、両人を朝鮮に遣わして原土・釉薬を採って来させ、唐津付近の椎ノ峯において製作させました。世にその器を「火ばかり」と称します。原土は他国...
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自然斎 じねんさい

近江国(滋賀県)の陶画工。同国坂田郡烏居本村(彦根市烏井本町)の人。本名岩根治平(のち治右衛門)。絵画を右平次(床山)に学び、1856年(安政三)8月に藩より赤絵焼付の免許を受けました。素地は床山と同じであります。ただし1869年(明治二)...
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塩月米治 しおつきよねじ

宮崎県児湯郡都農町の人。1876年(明治九)東京の勧業寮試験場に入り、オーストリアから伝わった石膏型の陶法を学び、翌年8月から江戸川製陶所の陶工となりました。1883年(同一六)7月に帰郷し、同郡川南村通山(川南町通山)などから陶土を採り、...
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塩野熊吉郎 しおのくまきちろう

京都清水の陶工。天保年間(1830-44)に肥前有田に赴き、陶家の傭奴となって数年間青花磁器焼成の秘法を習得し、帰ってこれを仁阿弥道八に伝えたといいます。宮田亀寿はその子であります。(『有田陶業史』)
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塩田真 しおだまこと

明治時代の窯業界の功労者。1837年(天保八)江戸神田(千代田区)に生まれました。1873年(明治六)オーストリアのウィーン博覧会に際して審査員として出張し、同行のドイツ人ワグネルと共に納富介次郎・河原忠次郎・丹山陸郎らにオーストリアの製陶...
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塩田力蔵 しおだりきぞう

塩田力蔵1864年(元治元)9月8日、岩代国安達郡二本松(福島県二本松市)に生まれました。同県師範学校(現福島大学)を卒業し小学校教員となり、1885年(明治一八)東京に出て学術雑誌記者をしたり、郷里に帰って窯を築いて失敗をしたこともありま...
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近藤尊景 こんどうたかかげ

磐城国双葉郡大堀村(福島県双葉郡浪江町大堀)相馬焼の陶家。初代は半谷休閑より伝を受け、元禄年間(1688~1704)に創業した。1788年(天明八)近藤陶吉郎はその製器の出来がよいことによって七人扶持を給されたが、尊景はその孫で1865年(...
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小林太市郎 こばやしたいちろう

1901年(明治三四)12月27日京都に生まれた。京都帝国大学卒業後フランスのソルボンヌ大学に留学。この間にダントルコール著『支那陶瓷見聞録』に接し和訳本を1943年(昭和一八)刊行。帰国後は大阪市立美術館に勤務し、神戸大学教授となった。ま...
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近衛予楽院 このえよらくいん

近衛家二十一世摂政・関白太政大臣。1667年(寛文七)生まれ。名は家。真覚・虚舟・物外楼主人と号した。基の子。母は後水尾天皇の皇女常子内親王。1705年(宝永二)関白・氏長者、1709年(同六)摂政・太政大臣の極官に達したが、間もなく致仕し...
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後藤才次郎 ごとうさいじろう

加賀国(石川県)九谷焼の開創者。諱を忠清、晩年玄意と号した。わが国金工の名家後藤家八代顕乗の弟の市右衛門の曾孫で、義祖父才次郎吉定よ大聖寺藩主前田利治に仕え、銀座役を勤めて百五十石を領した。忠清は特に金刻冶金の技に長じ、また仏像を彫ることに...