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人物

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紀太理兵衛 きたりへえ

讃岐国(香川県)の陶工。初代理兵衛は近江信楽の人でもと森島作兵衛重利と称しました。京都粟田口に出て陶業に従事していたところ、1647年(正保四)高松藩主に奉行を命ぜられ、1649年(慶安二)高松に移り町与力格に仰せ付けられ、姓名を紀太理兵衛...
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吉右衛門 きちえもん

瀬戸十作の一人。一書に加藤吉右衛門重継とあります。尾張品野窯の祖十右衛門基村の第五代九郎右衛門重行の弟でのち切支丹として殉教したとあります。
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吉兵衛 きちべえ

別所吉兵衛。利休時代または遠州時代の茶入の名工といわれ、京都・瀬戸・伊賀・伊部などに往来したと伝えられます。また小堀遠州の茶入師で、『別所吉兵衛一子相伝書』は彼の筆録したものだといわれています。
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城戸徳蔵 きどとくぞう

伊予国砥部(愛媛県伊予郡砥部町)の窯家。譚は明之、克亭と号しました。1846年(弘化三)5月生まれ。代々土物を製していましたが、徳蔵は磁器をつくり始め以来砥部焼の改良に志しました。自費を投じて研究と販路の拡張を図ったにもかかわらず彼はひとり...
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木下長囃子 きのしたちょうしょうし

若狭国(福井県)小浜城主。『挙白集』の著者。名は勝俊、宇は大蔵、長哺子・天哉翁・挙白・松洞などの号があります。1570年(元亀元)生まれ。肥後守家定の子で、豊臣秀吉の北政所はその伯母であります。幼少から秀吉に仕え羽柴姓を賜り、1588年(天...
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喜之介 きのすけ

彦根藩窯湖東焼の陶工喜平の弟。また喜作ともいいのち若林寿山と称しました。土焼師文助の工場にいたが弘化年間(1844-8)藩窯の御抱えとなり、大皿を得意としたため皿作りの名を得、また青磁を最も得意として湖東焼中その右に出るものはないといわれ、...
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北島源吾 きたじまげんご

肥前有田赤絵町十六戸の一人。安永(1772-81)頃から特殊な製品をつくらせて対馬の宗家の手を経て朝鮮に輸出しました。このことは1820年(文政三)公許となり専売権を得ました。器は主として盤蓋器(飯蓋器とも書き十八揃えの大白金福膳部通)と称...
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北出塔次郎 きたでとうじろう

1898年(明治三一)3月4日生まれ。石川県九谷山代の陶芸家。日展に属し、また金沢美術大学教授を勤めましました。九谷色絵の特色を発揮し、独特の作風を出しました。その古九谷研究は従前に比べて出色であります。1968年(昭和四三)12月12日没...
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北原大輔 きたはらだいすけ

1889年(明治二二)5月17日生まれ。陶磁学者。長野県出身。東京美術学校(現東京芸術大学)卒。永く東京国立博物館陶磁主任として勤務。特に京焼の造詣において深いものがありましました。1951年(昭和二六)5月22日没、六十二歳。
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北向道陳 きたむきどうちん

室町時代末期の茶匠。空海の弟子、能阿弥の孫弟子に当たります。1504年(永正元)生まれ。和泉国(大阪府)堺の人で、本姓荒木。北向きの家に住んでいたところから姓を北向と改めたといいます。隠者となって空海より東山流の茶法を受け、唐物目利として知...