金継ぎを受け賜っています。お気軽にお問い合わせ下さい。

人物

お話

菊山当年男 きくやまたねお

・三重県上野の人。1884年(明治一七)11月2日同地の旧家に八代種男として生まれ、青年期は大阪市に移って大阪朝日新聞社の記者となり、この頃から佐々木信綱に師事して短歌の道を修めましました。1915年(大正四)郷里で印刷業を始め、処女歌集『...
お話

岸太郎 きしたろう

尾張瀬戸小狭間の陶工加藤武右衛門の子。すでに瀬戸で名工の内に数えられ、特に大器をつくるのにすぐれていましました。のち辰次(井上松坪)らと肥前国(佐賀・長崎県)に赴き製陶法を研究して帰りました。1856年(安政三)3月彦根藩窯湖東焼に土焼師・...
お話

亀水 きすい

京都清水焼の陶工。亀亭の門弟。明治初年の人。その作はみるべきものか多いようです。
お話

北市屋平吉 きたいちやへいきち

加賀九谷焼の陶画工。1803年(享和三)生まれ。陶号を北玉堂と称して幼年期から絵画を好んでします。1821年(文政四)肥前国亀山(長崎市垣根山)に行き製陶を学び、1824年(同七)帰郷し若杉窯に入り三田勇次郎に師事しました。1831年(天保...
お話

北出宇与門 きたいでうよもん

1868年(明治元)石川県江沼郡勅使村字栄谷(加賀市栄谷町)に築窯し、製品は古来の伝統の美を遵守し、さらに新趣典雅な高級品であったのでその名声は高かりました。1928年(昭和三)没。次いで二代亀吉が業を継ぎ鋭意発展に努めたが1930年(同五...
お話

勘兵衛 かんべえ

近江国(滋賀県)彦根藩窯湖東焼の陶画工。1856年(安政三)11月御抱えとなり、市四郎・徳兵衛・喜之介・甚吉・常介らの作に描き、良工として有名でありました。1858年(安政五)8月理由があって京都に出奔し本業に従事しました。(『湖東焼之研究...
お話

川本治兵衛 かわもとじひょうえ

瀬戸の陶工。初代治兵衛は宝暦年中(1751-64)の人でもと農業。1770年(明和七)4月同村の著名な古窯である朝日窯・夕日窯を経塚山に再築し、久しく中絶していた海鼠腸壺を製して尾張家に納め、その功により経塚山を除地されました。1807年(...
お話

川本惣吉 かわもとそうきち

尾張瀬戸の窯家。原泉堂と号しました。四世川本平三郎の次男。1888年(明治二こ独立して製磁業を開始、もっぱら優秀品を出しまた販路拡張に努めました。特に記すべきことは新窯の発明であります。すなわち従来の古窯の上に丸窯を築いた工夫で、これによる...
お話

川本貞二 かわもとていじ

尾張瀬戸の陶工。別に禎二とあります。壕仙堂川本治兵衛の甥で、京都の欽古堂亀祐を招いて並ハに『陶器指南』という書を著そうとしましたが、藩の忌譚にふれて稿を没収された(一説には刊本とし、亀祐には捻り物を習ったとある)。次いで1851年(嘉永四)...
お話

川本半助 かわもとはんすけ

瀬戸の陶家で代々襲名。家祖半助は宝暦年間(1751-64)川本治兵衛と図って朝日・夕日の両窯を再興し、子孫が業を継いでします。四代半助か業を磁器に転向。五代半助は天性の妙手で、父の遺法を継いで常に磁器改良に熱心で、天保年間(1830-44)...