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人物

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川本桝吉 かわもとますきち

瀬戸の陶工。幕末より明治期の人。1858年(安政五)五代川本半助の養子となり義弟六三郎を育成し、1864年(文久四)分家しました。常に製磁の拡張と改良を図り、1854年(安政元)すでに西洋風の器を製し輸出磁器製作の先駆をなしました。1876...
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閑斎 かんさい

玉水焼(玉水楽)三代。任土斎の子。名は弥兵衛、通称甚兵衛、閑斎はその号。(『日本陶甕史』)
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幹山伝七 かんざんでんしち

京都の陶工。もと尾張瀬戸の人。加藤孝兵衛の第三子。幼名繁次郎、のち襲名して孝兵衛と称した製陶のことに関しては伝七を用いました。1863年(文久三)幹山または松雲亭と号し加藤幹山として知られたか、1872年(明治五)これを廃して幹山伝七を姓名...
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勘七 かんしち

萩焼の陶工。松本萩を始めた三輪休雪の第五代を嗣ぎます。
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勘十郎 かんじゅうろう

近江国(滋賀県)彦根藩窯湖東焼の陶工。尾張瀬戸の人。1856年(安政三)5月古窯師として御抱えとなり名を善三と改めました。翌年二人扶持を給されましたが、1860年(万延元)辞して帰国。(『湖東焼之研究』)んじゅやき(含珠焼)1887年(明治...
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勘助 かんすけ

因幡国(烏取県)因久山焼の陶工。信楽から来た勘蔵の子。
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勘蔵 かんぞう

因幡国(鳥取県)因久山焼の陶工。もと信楽の人。享和・文化(1801I一八)の頃に来ました。んそとうしろう(元祖藤四郎)瀬戸茶入の一手。多くは肩衝であるが内海・瓢箪・耳座・耳付の類もあります。いずれも薄手で細工がよく、姿をよくつくり上々無類の...
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川原忠次郎 かわはらちゅうじろう

明治時代の窯業家。肥前有田の人、1849年(嘉永二)4月生まれ。1869年(明治二)郡令百武兼定か有田磁器の外国輸出を図り神戸・横浜の両地に出張店を設けると、翌年その横浜支店長として赴任。1872年(同五)佐野常民に従ってオーストリアのウィ...
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河原徳立 かわはらのりたつ

明治期陶磁工芸の功労者で、また瓢池園の経営者でもありました。幕府金座年寄佐藤治右衛門の子として1844年(弘化元)江戸に生まれた。十五歳で河原興一郎の養嗣子となり徒士見習を命じられ、のち将軍家茂の上洛に随従して京都において初めて愛陶趣味に入...
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川原芳工 かわはらほうこう

大隅国(鹿児島県)竜門司焼川原窯の祖川原十左衛門種甫。芳工は陶号。加治木島津家の臣であったが山本碗右衛門について陶法を学び、1768年(明和五)竪野窯に至って河野仙右衛門につくこと十二年、帰って流釉その他数種の製法を始めました。1779年(...