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人物

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加藤紋右衛門 かとうもんえもん

尾張瀬戸の陶家。代々紋右衛門を襲名。家祖は初名円六、二世紋右衛門が1785年(天明五)継業。三世紋右衛門は寛政年間(1789-1801)相続。四世紋右衛門は文化年間(1804-18)継業し、1827年(文政一〇)2月製磁の業に転向。五世紋右...
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加藤周左衛門 かとうしゅうざえもん

尾張瀬戸の陶家。家祖和平治が天明年間(1781-9)に分家して製陶を業としました。文政年間(1818-30)退隠。二世初平が業を継いだ頃はすでに全村が競って新製焼に転業する時節でありましたが、彼は固く古法を守りました。1870年(明治三)退...
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加藤利慶 かとうりけい

名古屋の雅陶豊楽焼(豊助焼ともいう)の初代。五代以後は大喜を姓としていますが、それ以前は加藤でありました。名古屋の上前津隠里(中区上前津町)に住み、楽焼きと土風呂をつくって藩の御焼物師となり、1796年(寛政八)2月に没しました。その創始年...
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片岡二光 かたおかにこう

尾張常滑の陶工。通称を菊次郎。1821年(文政四)9月24日生まれ。天性器用で製陶の技術は師について学ぶこともなく独習したといいます。しかし初代三光には特に指導を受けたといいます。轆轤・手捻りとも非常に巧みで茶器・酒嬉などを製作。中でも火色...
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片桐石州 かたぎりせきしゅう

石州流茶道の祖。徳川将軍家の茶道師範。1605年(慶長一〇)片桐市正旦元の弟主膳正貞隆の子として生まれました。本名貞俊、のち貞昌と改めました。1624年(寛永元)従五位下石見守に叙任、これによって世に石州と呼ばれました。大徳寺の玉室宗珀に参...
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加田半六 かだはんろく

出雲国(島根県)楽山焼の陶家。倉崎権兵衛の門弟で萩から随従しました。1694年(元禄七)権兵衛が没しその子権斎も幼少のため製陶を廃しましたので、楽山焼二代の業を継いでいます。家声を落とさず上手の名がありました。1709年(宝永六)没。二代半...
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嘉介 かすけ

京都の陶工楽只亭嘉介。また嘉助ともいいます。亀祐・木米と共に頴川の門下。モ一スは「嘉介は外国風を頗るよく模し、殆ど真作に見誤る程なり」といいます。遺作は多くないようです。(『日本陶器目録』)
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嘉助 かすけ

明治初年の万古焼の陶工。モ一スは「1865年(慶応元)嘉助と呼ぶ陶工手造の万古を作ります。蓮の蔓、草花及び木葉の形をせし煙草盆を出します。中に釉を施したるものもあり、作品の形造りに才能凡ならざるを示すも特に以て称しがたし」とた。(『日本陶器...
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数也 かずや

尾張徳川家数寄屋頭。もと帰化の中国明人。平尾の姓を賜って平尾数也吉章と称し、八空庵と号しました。文政年間(1818-30)の人。娯楽のため自ら陶器をつくり所掲の符を彫りました。二代数也も父に劣らない茶人で青1庵と号し、同じく藩の茶道役を勤め...
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嘉碩 かせき

薩摩国(鹿児島県)竪野焼の陶工星山嘉入の子。1744年(延享元)藩主継豊の御書院茶道役を命じられ役料を賜わり陶業を監督しました。(『薩摩焼総鑑』)