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人物

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片岡亀玉 かたおかきぎょく

尾張常滑の陶工。通称を清次郎といきました。1798年(寛政一〇)生まれ。幼時より父の業を継いで製陶に従事。初めはもっぱら瓶類を製作していましたが、のちに輔櫨を使用。技術が非常に巧みで、真焼火色の陶器を最も得意としました。1866年(慶応二)...
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景延 かげのぷ

加藤四郎左衛門景延。美濃国(岐阜県)土岐郡久尻窯の陶工。美濃地方に初めて唐津風の連房式登窯を伝えました。※ちくごのあさひやき一説に加藤景延、唐津窯を元屋敷へ移す。志野・織部の白釉薬も唐津より導入する。※志野焼※森善右衛門
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景春 かげはる

尾張瀬戸の陶工加藤宗右衛門景春。春永と号しました。四郎左衛門景正の十三世の孫。1566年(永禄九)正月没。一説に、景正の十世とし、その技は四世政蓮に劣らず瀬戸の中祖の称があり、織田信長の選んだ名工六作の一人で、また制札を受領したといいますが...
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景久 かげひさ

尾張赤津の陶工加藤亀三郎景久(のち唐三郎)。号は春竜。尾張家の御窯屋に列し、近時の良工であります。1874年(明治七)染付を始めました。1886年(同一九)10月没、六十七歳。所掲の印があります。なお加藤姓で同名の陶工が数名います。また美濃...
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景正 かげまさ

加藤四郎左衛門景正加藤四郎左衛門景正。俗にいう尾張瀬戸の陶祖。世に藤四郎というのは氏名の上下を略したのであります。晩年剃髪して春慶と号した(または俊慶)。伝記については二説があります。一つは昔から瀬戸に伝えられている有名なもので、もう一つは...
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景増 かげます

加藤半右衛門(のち彦左衛門)景増。美濃国(岐阜県)久尻の陶工景頼の長男でありますが、家を妹婿重正に継がせて、自分は信長の朱印を伝えて多治見に移り、窯を榎坂に開いて同地の陶祖となりました。(『新編瀬戸窯系統譜』『美濃焼の歴史』)
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景道 かげみち

宝暦年間(1751~64)の尾張瀬戸の陶工加藤平吉景道。その作には所掲の印を款しました。(『をはりの花』)
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景光 かげみつ

加藤与三兵衛景光。美濃国久尻窯(岐阜県土岐市泉町久尻)の開祖と伝えられています。※くじりがま
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景義 かげよし

尾張赤津の陶工加藤慶三郎(のち作助)景義。景元八世の孫、初代作助景清の息子。1844年(弘化元)生まれ。陶芸に専心し明治の良工と賞されました。初め古陶園春逸と号しその製品に春逸の二字を款しましたが、弟小三郎が分家するに際して春逸の号を弟に譲...
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梶久太郎 かじきゅうだろう

尾張国(愛知県)の生まれ。一書には久兵衛とあります。尾張徳川家の臣で天保(1830-44)頃の人であります。勤仕の余暇に茶事を好み、たまに瀬戸風の陶器をつくり所掲の款を付しました。(『をはりの花』)