金継ぎを受け賜っています。お気軽にお問い合わせ下さい。

人物

お話

岡田良輔 おかだりょうすけ

山口県の陶工。1874年(明治七)阿武郡椿郷東分村前小畑(萩市椿東前小畑)で起業し、1877年以後磁器を製しました。(『府県陶器沿革陶工伝統誌』)
お話

太田万次郎 おおたまんじろう

駿河国(静岡県)賤機焼の陶工。1870年(明治三)頃に七十歳で面形の盃を製作していたとのこと。(『日本陶器目録』)
お話

大塚啓三郎 おおつかけいざぶろう

下野国(栃木県)益子焼の祖。十六、七歳の頃笠間(茨城県笠間市)の宝田院で書法を学んだが、住職が笠間侯の御用窯に関係があったので陶業の有利なのを知り、その後大塚氏の養子になってから自分で開業することを企て、養父から三十両の資本金を得て山前村大...
お話

大友宗麟 おおともそうりん

室町末期から安土・桃山時代の武人。1530年(享禄三)生まれ。豊後国府内(大分市)の城主大友義鑑の長男。名は義鎮。1550年(天文一九)家督を継ぎ、1562年(永禄五)三十三歳の時、剃髪して休庵宗麟と号しました。安芸の毛利氏、肥前の竜造寺氏...
お話

太野田元蔵 おおのだもとぞう

石見国(島根県)の陶工。もと長門国阿武郡小畑村(山口県萩市椿東)の人、1860年(万延元)石見国美濃郡白上村野田庄(益田市白上)で珪石を発見して移住し、津和野藩物産方付属となり青花磁器を製しました。
お話

大饗五郎左衛門 おおばごろざえもん

備前伊部土師家六姓のI。1582年(天正一〇)羽柴秀吉が中国探題として高松城へ出陣した際、五郎左衛門の宅に宿泊し、戦陣除外の制札を下しかつ竹木御免の書を与えました。その書はそれ以来同家に伝え蔵されているといいます。(『日本陶瓷史』)※いんべ...
お話

大浦林斎 おおうらりんさい

対馬の陶工。1648年(慶安元)熔師として朝鮮の釜山窯に赴いたといわれます。(『釜山窯卜対州窯』)
お話

大木新一郎 おおきしんいちろう

栃木県下都賀郡松沼村(小山市松沼)の人。1879年(明治二一)ここで土器をつくったが成功しませんでした。1882年(同一五)の春に福島県会津の武井楢亭から東山焼を学んで製陶業に従事しました。(『日本陶器全書』)
お話

大蔵庄次郎 おおくらしょうじろう

九谷焼の近代の陶工。大蔵清七の養嗣子。1892年(明治二五)業を継いで染付九谷や古伊万里・万暦・古九谷・鍋島・永楽写しなどの付下物、白磁の精良なものをつくりました。1919年(大正八)島田善作と合同で九谷寿楽製陶会社を創立して社長となりまし...
お話

大蔵清七 おおくらせいしち

明治年間の九谷焼の陶工。1835年(天保六)加賀国山代(石川県加賀市)に生まれ、製陶を松山窯の彦右衛門から学び、1866年(慶応二)永楽和全が山代窯に来た時にその職に従事しました。1871年(明治四)和全が去ったあと塚谷浅(号竹幹)と共に藩...