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人物

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浅川巧 あさかわたくみ

1890年(明治二三)11月24日生まれ。朝鮮陶磁研究家。浅川伯教の弟で、久しく朝鮮におり、その著『朝鮮陶磁名敬』は名著であります。1931年(昭和六)4月2日没、四十一歳。
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浅川伯教 あさかわのりたか

1884年(明治一七)生まれ。朝鮮陶磁研究家。久しく朝鮮にいて古窯址の発掘調査に従い、朝鮮陶磁の研究において偉大な功績がありました。著書に『釜山窯卜対州窯』があります。戦後帰国しましたが、一時愛媛県砥部窯で作陶したことがあります。1964年...
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上野喜蔵 あがのきぞう

豊前国(福岡県)の上野焼、肥後国(熊本県)の高田焼(八代焼)の創始者。もと朝鮮釜山の城主尊益の子で尊階(一説に尊楷)と称しました。文禄の役(1592-3)後加藤清正に従って来朝帰化し、肥前国(佐賀県)唐津に住んで陶器を製しました。その後朝鮮...
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上野太郎助 あがのたろすけ

肥後国(熊本県)の高田焼の陶工。藤四郎の次男。1716年(正徳六)に分家して士族の籍に入り俸禄を世襲。初代の太郎助は一種の白陶を創製し、二代目太郎助は国主に従って江戸に出て楽焼を習得したといわれます。明治の初めの上野弥一郎はその子孫。(『府...
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上野忠兵衛 あがのちゅうべえ

肥後国(熊本県)高田焼の陶工。喜蔵の長男。1632年(寛永九)に父と共に細川三斎に従って豊前国(福岡県)より肥後国八代郡高田郷下豊原村(熊本県八代市豊原下町)に移りました。喜蔵を初代として二代目忠兵衛は宝蓋と称し、三代目忠兵衛は一風と号し、...
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上野藤四郎 あがのとうしろう

肥後国(熊本県)高田焼の陶工。初代藤四郎は喜蔵の次男。1632年(寛永九)父兄と共に豊前国(福岡県)から移って来ました。藤四郎には二子があり、次男の太郎助は分家して一家をなし、忠兵衛の家と共にみな俸禄を世襲し士籍に入って三家とも盛んに業を営...
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赤松猪太郎 あかまついたろう

→とうひんやき(陶浜焼)
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赤松清助 あかまつせいすけ

讃岐国(香川県)の陶工。赤松光信の三男。若松屋と称し清山と号しました。兄の真と共にやきものを業としていましたが、その後高松に移って清山焼を始めました。讃高または清山の銘を用い、父の松山風の陶器をつくりました。1868年(慶応四)4月5日没。...
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赤松平右衛門 あかまつへいえもん

播磨国東山田村(兵庫県姫路市山田町)の陶工、幕末の人。備前国(岡山県)虫明窯の陶工森彦一郎の師匠。(『府県陶器沿革陶工伝統誌』)
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赤松真 あかまつまこと

讃岐国(香川県)の志度焼の陶工。字は右橘、号は魯仙、別号湘江斎。赤松光信の長男。父の技を受け継いで種々の陶器をつくり、のち香川郡宮脇村(高松市宮脇町)に移り、ときどき高松藩主の命を受けて諸侯への贈呈品をつくりました。陶浜はその子であります。...