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天字耀 てんじかん

耀の底内に一天字を題することが中国清代の康煕(1662-1722)に盛行しました。これを天字耀と呼びます。また雍正(1723-35)にも天字の小耀かあります。(『匋雅』)※てんしかん
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停雲楼 ていうんろう

木米の号。享和年間(1801-4)木米が紀伊国(和歌山県)瑞芝焼に従事した時、藩主治宝から賜ったものだといわれています。※もくべい
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泥均 でいきん

中国広窯の青白釉のものを中国人は泥均窯または泥均と呼んで軽視しました。つまり均窯を模倣してつくったものであり、その胎は砂泥だからである。泥均とはわが国のいわゆる広東海鼠である。宜均と泥均とは音が似ており、また品も似ているので両者を混同しやす...
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貞二焼 ていじやき

尾張瀬戸の陶工川本貞二(禎二とも書く)の所製をいいます。貞二は人物・置物などの小品に巧みでしたが、のち江戸角筈(新宿区)にあった魁翠園焼に従事しました。また貞二の弟子の林蔵は名古屋付近の川名窯で貞二の模型を用いて製作しましたが、林蔵自身の作...
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鄭州遺跡 ていしゅういせき

殷の遺跡といえば中国河南省安陽の殷墟ですが、殷墟は殷代後期に盤庚が遷都してから殷滅亡までの都でした。解放後の新建設に伴って、同じ河南省のやや南部にある鄭州市周辺で、竜山期から戦国期に至る多くの遺跡が続々と発見されて注目を引きましたが、中でも...
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泥漿 でいしょう

粘土と水とを混合した液状のものを泥漿といいます。坏土の調合は現在では原料の乾燥状態において行ないますが、それ以前には多く泥漿状において行った。調合泥漿は十分攬絆混合したのち過剰の水分を除去します。その方法には種々あります。また泥漿を用いて装...
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定也 ていや

茶入の一種。島物。『神尾蔵帳』所載。もと底に凹凸があり不安定でしたので、それを磨り減らして坐りをよくしたことからこの名が付いたといいます。もと野崎玄庵所蔵。
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弟窯 ていよう

章竜泉窯の別称。中国宋代竜泉の人であった章生二の焼いた章竜泉窯を、兄の生一の焼いた1窯に対してこう呼びました。※りゅうせんよう
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鼎窯 ていよう

中国唐代鼎州で焼造されました。今の浹西省西安府の浬陽県に当たる。陸羽の『茶経』には、鼎州の甕碗を推して越の器に次ぎ寿州・洪州の製に勝っているとしています。(『景徳鎮陶録』)
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出口王仁三郎 でぐちおにさぶろう

宗教家。大本教聖師。1871年(明治四)8月22日、京都府亀岡に生まれました。幼名喜三郎。喜三郎をもじって鬼三郎と署名したことがあり、のちそこから王仁三郎と改名。1899年(同三二)京都府綾部の出口なおを開祖とする大本教に入り、同教の確立と...