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草梁鎮 そうりょうちん

朝鮮釜山の旧地。釜山から約四キロの地。釜山窯はまた草梁鎮窯といいます。※ふざんよう
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宋青磁 そうせいじ

中国宋代には多くの青磁が焼かれていますので、宋青磁というとその総称のように聞こえますが、これは古く西欧で北方青磁を指していった言葉で、その点ではもはや死語といってよいです。※ほっぼうせいじ
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副島雲谷 そえじまうんこく

肥前国(佐賀県)の陶工。もと朝鮮人。寛永年間(1624-44)に蓮池藩主鍋島直澄に召されて名を副島茂右衛門と改め、雲谷と称して同国吉田村皿山(嬉野市嬉野町吉田)に築窯しました。のち同村梨ノ木田(同)に陶土を発見し、当時の制限であった窯家十八...
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宗全 そうぜん

第三代西村善五郎宗全。祖父の宗印は奈良にいたが父の代に和泉国(大阪府)堺に移りました。宗全はさらに。居を京都に移し土風呂をつくりました。その作が妙で茶人は競ってこれを用いました。その製に捺した銅印は小堀遠州の筆と伝えられます。1623年(元...
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副田喜左衛門 そえだきざえもん

肥前鍋島藩士、日清と号しました。京都の人で慶長・元和(1596-1624)の頃肥前国松浦(長崎県松浦市)に来ましたが、同郷の善兵衛という者の手引きによって高原五郎七の弟子となり、共に有田岩谷川内(佐賀県西松浦郡有田町)に移り青磁の焼成に従事...
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象腿瓶 ぞうたいへい

式はすこぶる特異で、口から足まで直下して紆曲がないようです。ただし円式でなく三弁の海常式であります。口際が凸起して厚く、口辺に近いところはやや粗であります。足に近いところはやや狭いです。象腿というのは象形の語であります。雲豆・淡茄・乳鼠など...
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祖懐 そかい

銘。天保・嘉永年間(1830-54)の尾張瀬戸の陶工新九郎は、初めその製した磁器に「祖母懐」の印を款しましたが、尾張家の停止するところとなり、その後は所掲の印に改めました。(『をはりの花』)
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掃釘 そうてい

『匋雅』に「竹籤をもって皿の底を支揖えて害に入るるときは、火候の円満なるに逍びて、竹籤を撤去すれば、則ち亦だ釉の釘形の如くなるあり。即ち抒釘なり」とあります。すなわち器を焼成する際の支柱の痕が釉に残ったものを指称するようですが、文にいうよう...
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曾木窯 そぎがま

美濃国土岐郡曾木村(岐阜県土岐市曾木町)にありました。元亀・天正(1570-92)の頃、景正十八代の孫唐三郎・仁兵衛は同村郷ノ木に移り製陶に従いましたが、1610年(慶長一五)尾張藩祖義直に召還されました。その後貞享年中(1684-8)に開...
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双底足 そうていそく

盤の足の圏内に一条の深溝かおり、その内にさらに足のあるものをいいます。中国清代康煕(1662-1722)の大盤は多く双底足に属しています。乾隆(1736~95)以後はこの製はないようです。(『飲流斎説甕』)