お話 一方堂 いっぽうどう 京都の名家角倉玄寧の号。天保年間(1830-44)嵯峨の別荘に窯を築き、仁阿弥道八を招いて雅陶を焼いました。「一方堂」印を捺したので世にこれを一方堂焼といいます。 2011.05.05 お話原色陶器大辞典
お話 糸取鍋 いととりなべ 明治年間絹糸工場で繭を煮るのに蒸気を用いるようになって採用された陶磁器製の糸取鍋。磁器製のものは冬季には急熱のため割れやすいですので、かえって陶質のものが好まれ主に会津または信楽産であったらしいです。(塩田力蔵) 2011.05.05 お話原色陶器大辞典
お話 伊奈三島 いなみしま 朝鮮産三島手の一種で形状は種々あります。古三島のようにみえるもののほかは茶色・黒色の無地で自然の刷毛目かあります。高台はいったいに下品であり、土は赤色のものが多く、内刷毛目のようになっているのを良品とします。(『日本陶器全書』) 2011.05.05 お話原色陶器大辞典
お話 凍土 いてつち 凍らせた土。瀬戸地方では、泥状の原土の余分な水分を除き適度の湿土にするために、原土を板に載せて夜の寒気で凍らせ、そのあと板を立てかけて太陽に当てて凍土を融かして水分を流下させる方法があり、この法を凍土と称しました。 2011.05.05 お話原色陶器大辞典
お話 井戸八蔵 いどはちぞう 筑前国(福岡県)高取焼の創始者。もとは朝鮮韋登の人で、文禄・慶長の役(1592-8)のあと黒田長政に従って渡来。同じく韋登の人で八蔵の姻戚の新九郎もまた加藤清正に従って来ました。長政はこの二人に命じてその領地筑前で製陶させました。※たかとり... 2011.05.05 お話人物原色陶器大辞典
お話 伊那焼 いなやき 赤羽焼ともいいます。長野県上伊那郡辰野町赤羽の産。糸取鍋が主製品。1921年(大正十)当時の製造家は四戸(このうち有賀春太郎を最大とする)、産額三万円。ここの糸取鍋は信楽よりも早く起こったといわれます。(『北村弥一郎窯業全集』) 2011.05.05 お話原色陶器大辞典
お話 韋登 いと 朝鮮慶尚道の地名といわれているが明らかでないようです。萩焼の創始者高麗左衛門、高取焼の創始者八蔵および新九郎は帰化朝鮮人で韋登の出生であるといいますから、同地に陶業があったのでしょう。井戸茶碗の名称は韋登から出たという説があります。 2011.05.05 お話原色陶器大辞典
お話 伊藤允譲 いとういんじょう 伊予国砥部五本松(愛媛県伊予郡砥部町)の人で五松斎と号しました。砥部焼が振るわないのを嘆いて1877年(明治一〇)肥前有田から職工を招き、自家に貯蔵していた判金を費やして青花や錦欄手を製作しましたが、失費のため間もなくやめました。1910年... 2011.05.05 お話人物原色陶器大辞典
お話 糸目藤四郎 いとめとうしろう 真中古茶入の一種。藤四郎の作で糸目のある茶入であります。土は薄浅黄色、下釉は柿色が多く栗色釉もあります。上釉は黒釉がむらむらと黒雲のようにむらだって掛かっています。地釉は薄柿で上に薄黒釉の刷毛目のあるものもあり、黄釉・飴釉・胡麻釉など茶入に... 2011.05.05 お話原色陶器大辞典大正名器鑑茶入