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やきもの

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岩松三郎右衛門 いわまつさぶろうえもん

肥前有田の製陶家。天保(1830-44)の初めに良好な磁器を製出していたといいます。岩松平吾はその子孫。(『府県陶器沿革陶工伝統誌』)
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人隅 いりすみ

器形の部分の称。方形の隅が撫で角になり、さらにその中央が入り込んでいます。
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岩国焼 いわくにやき

周防国(山口県)岩国の陶器。1700年(元禄一三)岩国藩主吉川侯が京都の陶工西村安兵衛を招いて付近の多田村(岩国市)に開窯させたのに始まり、同村の河田清八も安兵衛に陶法を学んで製陶に従いました。文政年間(1818-30)に至り白井久兵衛が新...
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岩松平吾 いわまつへいご

肥前有田上幸平の窯家。膳付物食器および茶器をつくり、それらの素地着画の意匠などにすぐれていました。事業長じ信用があり晩年業を子に譲り、有田泉山磁石場の監督に当たって古来乱掘にまかされていた坑区を整理して面目を一新しました。1890年(明治二...
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入谷乾山 いりやけんざん

京都の陶工尾形乾山の江戸入谷(台東区)における作品を指していいます。享保(1716-73)の中頃に江戸に行き製陶しました。旧入谷村の八番地または三十五番地のあたりにやきもの屋敷の旧称が残っていますので、おそらく乾山の死後もその窯は焼き続けら...
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岩倉山 いわくらさん

京都の陶工。初代がどういう人であったか明らかでありませんが、岩倉山こと錺屋吉兵衛は1756年(宝暦六)三文字屋九右衛門の子孫が衰微したため、錦光山吉兵衛と共に代わって徳川将軍家の御茶碗師となり、粟田領三条通東町(東山区)に住んです。子孫のう...
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石見焼 いわみやき

石見国(島根県)涸摩・那賀・美濃の三郡(一部江津市・浜田市・益田市となる)から産出するやきものの総称。那賀郡では長浜村(浜田市長浜町)の永見房造(享保・元文年間、1716-41)、江津町(江津市)の森田某(1763、宝暦一三年)、和木村(江...
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イレツケ

瀬戸系の窯場で、丸窯における硼積の最初の棚一通りをイレツケといいます。
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岩倉焼 いわくらやき

山城国愛宕郡岩倉(京都市左京区)の陶器。その創始者は仁清の門人と伝えられ、色絵のほかに錺絵・染め付けもあり、岩倉の印を用いています。また岩倉山の印のあるものをみますが、これは粟田の陶工錦光山が用いた印であります。なお一書にはこれを宝暦年間(...
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岩村物産 いわむらぶっさん

天保゜(1830-44)の頃から美濃国(岐阜県)恵那郡岩村藩が専売した駄知産陶器。ここの陶器は1804年(文化元)に塚本源右衛門が始めたもので、1830年(天保元)岩村藩主松平能登守がこれを陶商長谷川平七に専売させ、それに岩村物産の名を付け...