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やきもの

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一輪生 いちりんいけ

生花で花を一輪生けたものです。またそれに用いる小さな花瓶。一輪挿しともいいます。昔は銅製もあったがのちには陶磁製のものが多いようです。形は頚の部分の細長いものが普通であります。
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井田吉六 いだきちろく

江戸の陶工。乾山写しの名手で、乾斎または己斎と号しました。下総国(千葉県)海上郡布間村の人で、九歳で江戸に行きのちに骨董の売買を業としました。その後製陶を思い立ち1825年(文政八)浅草蔵前(台東区)で自作の陶器を売りました。広く古陶器を研...
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一之瀬武 いちのせたけし

美濃古窯史の研究者。1905年(明治三八)長野市に生まれました。郷里の中学を卒業後上京し、いくつかの大学に籍を置いたがいずれも中退、郵便局員・銀行員・探偵社・出版社・通信社・新聞社を転々としながらも一途に文学に励んだといいます。終戦直前東京...
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一六 いちろく

琉球(沖縄県)の陶祖。唐名は張鰍功、俗称は安次嶺掟親雲上といい、文禄・慶長役(1592-8)の時に朝鮮から薩摩国(鹿児島県)に帰化して製陶に従事しましたが、1616年(元和二)琉球の世子尚豊公が自国に陶法のないのを残念に思い島津侯に陶工の招...
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板川内 いたのかわち

佐賀県杵島郡山内町。百聞窯のあったところで、山中の僻地であるため窯跡が永く残っており、朝鮮系の暦手・刷毛目などの陶片が出ました。このことから推察すると磁器以前に陶器を製造していたらしい。この窯は正保(1644-8)の頃筒江窯と小樽窯の二派に...
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一の間 いちのま

連房式の登窯の最初の焼成室をいいます。一の間の下に捨間、その下に胴木間かあり、ここから火を焚き付けて一の間に熱を送り、一の間の中がある程度の火度に昇るまで胴木間を焚いて捨間に焚き登り、さらに一の間に昇って焚きます。瀬戸地方で京窯といっている...
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一官 いっかん

帰化朝鮮人で琉球陶業の創始者の一人。1616年(元和二)薩摩国(鹿児島県)から一六・三官と共に琉球(沖縄県)に渡りましたが、しばらくして薩摩侯に召還されました。(『北村弥一郎窯業全集』)※いちろく
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板屋甚三郎 いたやじんざぷろう

文政年間(1818-30)の加賀国(石川県)小野窯の陶画工。
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市場窯 いちばがま

伊予国伊予郡市場村(愛媛県伊予市市場)の陶窯。文化年間(1804-18)陶工金岡音右衛門が創始。初め爪一焼物という最下級品の雑器を製造していましたが、文政(1818-30)の初めに磁器を製造。明治中期の陶工金岡定蔵は音右衛門の孫。(『府県陶...
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一観 いっかん

天正(1573-92)頃の瓦工。中国明朝の人といわれます。1576年(天正四)織田信長が近江国安土(滋賀県近江八幡市安土町)に築城した際、一観を招いて明様の瓦を模造させ屋根を葺かせました。わが国で明様の瓦を用いたのはこの時がはじめといわれま...