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やきもの

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泉窯 いずみがま

肥前有田泉山の古窯。多久系の磁器窯で「泉」の銘のある器を出土。(『有田古陶銘款集』)
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石川忠総 いしかわただふさ

近江国(滋賀県)膳所城主。茶道を好み器物を愛玩し、小堀遠州の教えを受け工人に茶壺その他をつくらせました。これが膳所焼のはじめであス一。1650年(慶安三)12月没、六十九歳。(『日本陶甕史』)※ぜぜやき
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石渡竹延 いしわたりちくえん

銘。東京薩摩の錦手花生にこの銘があります。画工の名前であるでしょう。初期のものであります。(『日本陶器目録』)
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泉崎窯 いずみざきがま

沖繩の那覇区泉崎村(那覇市壺屋町)にあった窯。元禄年代(1688-1704)の末、仲村渠致元という者がいて壺細工になりました。のち1748年(寛延元)になって島袋常男が事業を始めました。器は深緑色もしくは黒褐色のやや軟弱なもの、または白釉で...
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石黒忠悳 いしぐろただのり

1845年(弘化二)岩代国(福島県)の平野順作の長男として生まれ、のち新潟県の石黒家の養子となりました。江戸医学所に学び、明治維新には大学で教鞭をとり、1871年(明治四)陸軍医官に転じ、以来累進して軍医総監・陸軍省医務局長に進み、日清戦争...
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石割松太郎 いしわりまつたろう

祥瑞の研究家。大阪府堺市柳町に生まれ、早稲田大学文学部を卒業後都新聞社・大阪毎日新聞社に勤め、1929年(昭和四)退社して東京に移住し、母校で江戸文学を講じるかたわら人形浄瑠璃・西鶴などの研究を続けました。わが国の磁祖祥瑞について、従来室町...
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泉新窯 いずみしんがま

佐賀県西松浦郡有田町泉山年木谷の奥にあった窯。『有田沿革史』に安永年間(1772-81)に新窯を築いたとあります。初めは宗伝直系の深海市郎の経営によったと伝えられますが、明治初年には深海喜三がここで製作し、その子墨之助と竹治の代になって少し...
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石黒道提 いしぐろどうてい

室町時代中期の茶匠。珠光の高弟。もと奈良千福寺の僧官で管領畠山政長に属しましたが、のち官をやめて京都の干本に隠棲しました。好みの茶壺を米四十石取りの田地と交換に手に入れて茶事に専念しましたので、足利義政はこれを懇望して東山御物の中に加え四十...
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維新舎 いしんしゃ

加賀国大聖寺(石川県加賀市大聖寺町)の九谷焼の画工竹内吟秋が設立した塾。吟秋は古九谷の陶法を研究して用彩釉法を修得し、維新舎で画工を養成しました。1879年(明治一二)に九谷陶器会社が設立されると生徒を率いて入社し陶画工を管理、このため維新...
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和泉長九郎 いずみちょうくろう

島根県那賀郡郷田村(江津市郷田)の陶家。1873年(明治六)同地で開窯し日用雑器をつくりました。また以前因幡国(鳥取県)八頭郡曳田窯の松田和平に陶技を伝授しました。(『府県陶器沿革陶工伝統誌』)