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やきもの

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市四郎 いちしろう

陶工。1807年(文化四)尾張国春日井郡大森村(愛知県名古屋市守山区大森町)に生まれ、壕仙堂治兵衛に入門し名工といわれました。嘉永(1848-54)初年に彦根藩の湖東焼に従事したが間もなく帰国、1855年(安政二)に井伊直弼が湖東焼振興のた...
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一文字屋 いちもんじや

京都粟田の窯に特に一文字屋を名乗るものが多いようです。『本朝陶器攷証』にこの名称を使用するものとして、嘉兵衛・忠兵衛・佐兵衛・喜兵衛・庄兵衛の名を掲げています。なおある本には、慶安年間(1648-52)に一文字屋某が中山清閑寺の山麓に窯を開...
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伊勢天目 いせてんもく

この名は室町末期から江戸初期にかけての茶会記その他に散見され、伊勢(三重県)産の天目かとみられますが、一説に美濃(岐阜県)産の天目で伊勢山田(伊勢市)の御師に年々需用されたものが呼ばれたともいわれます。下手なものであったらしいです。
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一介 いちすけ

名物。楽焼茶碗、赤釉、ノンコウ作。底近くに黒漆で「一介」の文字があり、ノンコウ作の中でも大佗びですぐれたものと評されています。一介は千宗旦に出入りしていた左官で、ある時賃金の代わりにこの茶碗を一介と箱書して与えられました。一介はこれが百余金...
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一由 いちゆう

京都の陶器であるでしょう。モースは「熟達せる陶工の手になる京都式の茶碗あり、蜷川氏の稿本にも単に一由、弘化二年、京都とあるのみ」と述べています。(『日本陶器目録』)
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石岡林兵衛 いしおかりんべえ

陸奥国(青森県)津軽の人で1806年(文化三)悪戸焼を創業、数年間の苦心の末ようやく成功しました。1855年(安政二)没。その子も林兵衛と称して事業を継ぎ、1884年(明治一七)に黒タメ流釉を発明したといわれます。(『大成陶誌』)※あくどや...
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石綿焼 いしわたやき

福島県西白河郡および石川郡で生産され万古焼に似ています。強烈な火熱にも耐え実用に適しているといいます。(『福島県の産業』)
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出水 いずみ

モースは著書『日本陶器目録』に「薩摩の北部なる出水村に於て雑器を造り長崎に出す」と記し。1650年(慶安三)から1880年(明治一三)までの各時代の見本を掲げた。しかし現地調査をしたところ根拠になる事績がなく、また関係諸書にも記載されていな...
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石川丈山 いしかわじょうざん

儒者、煎茶道の祖。1583年(天正一一)生まれ。六六山人と号しました。初名嘉右衛門尉重之。徳川譜代の臣石川信定の子。勇武で名があり、大阪夏の陣に軍律を破って抜駆けの功名を立てたために追放となり、武士をやめました。儒学を藤原惺高に学び、のち和...
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石渡竹次郎 いしわたりたけじろう

東京の陶画工。竹信と称しました。高橋松月に入門し猪口画焼付法を習得して二十二歳で独立。その後花瓶・置物類の焼付法を自得し、そのすぐれた特徴は紺青画絵付で、他の工人では焼き付けられない大器をもつくることができたといわれています。1879年(明...