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陶磁器

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鱁鮧壺 うるかつぼ

うるか(鮎の腸の塩辛)を貯蔵・運搬するために使用する器。見たところ葉茶壺のような形で二個の耳があります。小さいものには耳付茶入と称して今日に伝されているものがあります。愛知県瀬戸の窯跡から出土されたものから考えますと、江戸時代初期から末期ま...
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鵤幸右衛門 いかるがこうえもん

麻寺山城国伏見(京都市伏見区)の人形師と伝えられています。もと浮田秀家の老臣林玄蕃の家来でありましましたが、天正年間(1573~92)に浪人となり、伏見稲荷神社の傍に住んで人形その他をつくり生計を立てていたので、世に人形屋幸右衛門と呼ばれた...
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イグリ

泥漿を混和するために用います器具。棒の先に長方形の板を付けたもので、磁器素地に用います長石と粘土とを水したのち、これを調合・混合する器具であります。瀬戸地方の窯場の用語。
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五十嵐健二 いがらしけんじ

明治時代の窯工技術家。1887年(明治二〇)京都の五条坂で染付銅版の印画を試み、翌年これを岐阜県土岐郡高山(土岐市土岐津町高山)で実行した。その方法は呉須印肉として粘質の草根すなわちこんにゃく根や紫蘭根(白)にリスリンなどを混合したものを用...
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有馬焼 ありまやき

小西平内が1931年(昭和六)に神戸市兵庫区の有馬温泉に開いた太閤窯の陶器。1948年(同二三)まで続き以後同県甲山に移りました。
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安渓青磁 あんけいせいじ

安渓青磁と称するものがありますが、あるいは中国明代末期に福建省から輸出したものでしょうか。
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五十嵐次左衛門 いがらしじざえもん

筑前国(福岡県)高取焼の陶工。肥前国(佐賀県)唐津の寺沢志摩守の家臣でありましましたが、茶事を好ん縁で1628年(寛永五、一説に宝永とあるが誤りであろう)釉薬を工夫して博多の泉神屋に送ったところ、筑前福岡藩主黒田忠之が非常に気に入り家来にし...
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鮎帰窯 あゆかえりがま

佐賀県唐津市北波多稗田平鮎帰に窯跡があります。唐津焼の古窯、岸岳窯の一つ。
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有村碗右衛門 ありむらわんえもん

薩摩国(鹿児島県)の竪野焼の陶工。初名を久兵衛といい、初代星山仲次に教えを受け金和(仲次の子弥右衛門)の弟子となり、1648年(慶安元)に藩主光久に召し出されて碗右衛門の名を賜りました。その後京都の御室窯の錦手を研究し帰国後ただちに製作、江...
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鮫鯨窯 あんこうがま

素焼窯の一種。簡単な桶素焼よりも進歩したもので古くから京焼の地方にあります。(『陶器楽草』『註解陶器指南』)