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やきもの

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大畑忠左衛門 おおはたちゅうざえもん

モ一スは、「1830年(天保元)頃マサなる江戸の職人名古屋に来り茶碗の製法を学ぶ、遺作に〈政〉の押銘と〈大畑忠左衛門〉の刻銘あるものおり。記録の示すところによれば、江戸のある提灯職人の子尾張に至り製陶の術を学び、子供ながらも小形の茶碗に藍色...
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小笠原長昌 おがさわらながまさ

肥前国(佐賀県)唐津城主。1818年(文政元)奥州棚倉(福島県東白川郡棚倉町)から移封しました。領内の陶業を考慮し、工人に八代製に似た白紋の雲鶴をつくらせ幕府に献上。これが献上唐津の始まりであります。1823年(同六)9月没。
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小川文斎 おがわぶんさい

京都の陶家。初代小川久左衛門。加賀国能美郡若杉村(石川県小松市若杉町)に生まれ、文政年間(1818-30)各地を遊歴して研究、最も陶窯築造の術に精通していました。1839年(天保一〇)大阪天満源八町樋の口(北区樋之口町)に陶窯を築き、184...
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大林実蔵 おおばやしじつぞう

美作国(岡山県)の窯家。久米北条郡宮部下村(津山市宮部下)の窯は1818年(文政元)に中尾直七が備前伊部の陶工を雇ったのに始まりますが、1849年(嘉永二)大林実蔵がこれを継業しました。製品は伊部陶に類します。1885年(明治一八)当時は大...
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岡田権左衛門 おかだごんざえもん

萩焼脇窯の名陶家。1782年(天明二)に肥前有田の上白川から萩へ移住し、毛利家の家臣に取り立てられました。(『萩焼に就て』)
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牡瓦 おがわら

本瓦葺きの丸瓦のようにうつぶせになっている瓦のこと。伏瓦ともいいます。756年(天平勝宝八)の古文書には男瓦の字が記されています。※めがわら
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大原窯 おおはらがま

山口県吉敷郡大道村字大原(防府市台道)の陶窯。製品は大道焼といいます。1796年(寛政八)頃同地の石川某・末広某の両名が協力して開窯し。1808年(文化五)に至り深川窯の岩崎小太郎を招聘して製陶に当たらせ、続いて末田窯の千代蔵・伊三郎らがも...
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尾形周平 おがたしゅうへい

京都の名工。1788年(天明八)5月初代高橋道八の三男として生まれました。初名熊吉、のち周平光義と称しました。尾形姓を名乗った理由はいまだに明らかでないようです。正妻がなく妾が二人あったが子はないようです。世に二代周平を称したものがあったが...
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沖伊羅保 おきいらぼ

名物。朝鮮茶碗、伊羅保。沖与右衛門が所持したのでこの名があります。のち上田宗五、松平伊賀守、高橋帯庵と転伝しました。(『大正名器鑑』)
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大原総一郎 おおはらそういちろう

関西財閥の重鎮、元倉敷レイヨン社長。1909年(明治四二)生まれ。岡山県倉敷の大原孫三郎の子。1939年(昭和一四)倉敷絹織株式会社の社長に就任、1941年(同コハ)にはまた倉敷紡績株式会社の社長に就任しました。親譲りの地盤のうえに理論家を...