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焼き物

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内野窯 うちのがま

肥前国藤津郡下宿村内野(佐賀県嬉野市嬉野町)の陶窯。創起はただ韓人の伝といわれるだけで確証がないようです。明和(1764-72)の初め廃絶しかけ有志者が辛うじて継続していたが、文政年間(1818-30)から次第に衰えました。つまりこの地は土...
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畝傍山 うねびやま

奈良県橿原市畝傍町にあります。『大和名所図会』には、この山のところどころから古陶器が多量に出土し、雨後には特に多く現れるがどれも欠け損じて完全なものは見られないと記しています。あるいはかつてすえものの製造地だったのではないでしょうか。なお1...
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泡抹 うたかた

中興名物。真中古茶入、大覚寺手本歌。証歌は『後撰集』恋歌伊勢「思川たえず流るs水の泡のうたかた人にあはで消えめや」。もと坂本周斎が所持、東本願寺に伝わり1823年(文政六)同寺失火の際には辛うじて焼け残り、駿河長直がこれを繕って再び同寺の什...
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内禿 うちはげ

器物の内側半分から外へだけ釉が掛かって、内底へは釉が掛からず土肌の見えるものです。ただし底に少しだけ掛かったものもあります。筒茶碗・香炉などにみられます。(『万宝全書』)
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伊部焼 いんべやき

備前国(岡山県)の炻器。備前市伊部で産し、尹部焼・印部焼とも記し、一般には備前焼と呼びます。【沿革】備前の地で土器を製出しだのは古いですが、備前焼としての起こりは鎌倉時代で、当初の害窯は熊山山腹にありましたが、のち今の伊部付近で焼くようにな...
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宇賀焼 うがやき

出雲国意宇郡乃木村(島根県松江市乃木)の陶器。天明・寛政(1781-1801)の頃、もと因幡藩士で当時松江の開業医であった一条来翁の出資によって始まった。しばらくして長門国(山口県)萩から細工師与之助ら四人を招き、また後援者出雲藩士山門吉太...
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牛戸窯 うしのとがま

因幡国八頭郡西郷村字牛戸(鳥取県鳥取市河原町牛戸)にありました。天保年間(1830-44)同地の瓦工平八のあとを受けて金河藤七が製陶を始めましたが、石見国(島根県)の人小林梅五郎がさらにこれを受け継いでします。1870年(明治三)に梅五郎が...
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印紋陶 いんもんとう

字義からいえば型押し文のある陶器ということでこの定義に該当する作例は東西に少なくないようです。しかしこの呼び名が主として用いられたのは、中国の上代に各地でつくられた叩き目のある陶壺類で、現在印紋陶といえばそれらを指すのが普通であります。中国...
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浮窯 うきがま

地上の登窯。地中の窖窯を沈窯というのに対する称呼で、備前国(岡山県)伊部あたりの語。瀬戸あたりでは窖窯を大窯と呼び登窯を小窯と呼びます。すなわち浮窯は小窯であります。
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丑の歳渡り うしのとしわたり

『万宝全書』高麗焼物の部に「丑の歳渡り薬のかわり色々」とあります。対馬家釜山和館の窯で焼かれた御用品はまず江戸に送られて宗家の蔵に納まり、その他のものは釜山近辺のやきものと共に大阪・京都の市場に現われました。すなわち「延宝四年渡り」または「...