お話 木灰 きぱい 釉薬の媒熔剤として木灰は上古から用いられましました。無釉の器物を薪窯で露出のまま焼成すれば、窯内の灰が降り掛かった部分だけ熔融して淡青緑色の透明なガラス体となります。おそらくこの発見によって木灰を釉薬の熔媒に用いるようになったのでしょう。わ... 2011.05.28 お話原色陶器大辞典
お話 北原大輔 きたはらだいすけ 1889年(明治二二)5月17日生まれ。陶磁学者。長野県出身。東京美術学校(現東京芸術大学)卒。永く東京国立博物館陶磁主任として勤務。特に京焼の造詣において深いものがありましました。1951年(昭和二六)5月22日没、六十二歳。 2011.05.28 お話人物原色陶器大辞典
お話 橘皮紋 きっぴもん 蜜柑の肌のように極めてこまかい粟粒のような紋がI面にあるものをいいます。中国明代宣徳窯のものを記して『博物要覧』は「隠々として橘皮文起こる。定甕と雖も、何ぞ能く比方べんや。真に一代の絶品なり」といい、『清秘蔵』は「質料細厚にして、隠々として... 2011.05.28 お話原色陶器大辞典
お話 揮発絵の具 きはつえのぐ その揮発性を利用して絵の具として用いたものです。主として揮発性塩化物を用い、ときどき極めて美しい雑色効果を生じます。普通の絵の具を製器に施し、塩化鉛その他の揮発性材料を製器の近くに置き、加熱して生ずる塩素の雰囲気に製器を触れさせますと、発生... 2011.05.28 お話原色陶器大辞典
お話 北向道陳 きたむきどうちん 室町時代末期の茶匠。空海の弟子、能阿弥の孫弟子に当たります。1504年(永正元)生まれ。和泉国(大阪府)堺の人で、本姓荒木。北向きの家に住んでいたところから姓を北向と改めたといいます。隠者となって空海より東山流の茶法を受け、唐物目利として知... 2011.05.28 お話人物原色陶器大辞典
お話 橘皮釉 きっぴゆう 中国明代の祭紅の鮮紅で透明なものを琉璃釉、暗いものを橘皮釉といいます。橘皮釉は亮釉に劣りますが、宣徳の紅橘釉のごときは非常に暗晦であるにもかかわらず郎窯よりもすぐれているといいます。(『匋雅』) 2011.05.28 お話原色陶器大辞典
お話 揮発釉 きはつゆう 陶磁器の素地を焼成する際、窯中に投入したある化合物が揮発分解して素地の表面に付着し、熔融して釉を形成したものです。この釉は特に妬器製造の場合に限り応用されるもので、その化合物の主成分は食塩から成っています。食塩釉を初めて使用したのは1680... 2011.05.28 お話原色陶器大辞典
お話 北村弥一郎 きたむらやいちろう 明治・大正期の窯業界の権威者。1868年(明治元)5月石川県金沢市に生まれた。東京職工学校(東京工業学校の前身)に入学し化学工芸科・陶器破璃工科を修め、1890年(同二三)東京工業学校陶器破璃工科を卒業。1892年(同二五)農商務技手見習と... 2011.05.28 お話人物原色陶器大辞典
お話 亀亭 きてい 京都の窯家和気亀亭、通称亀屋平吉。伊予国(愛媛県)大洲の旧臣とも備前国(岡山県)の人ともいいます。1748年(寛延元)京都五条坂上の音羽町(東山区)に開窯し、別に同坂の南側に職場を設け土瓶・土鍋・花生などの雑器を製造しました。のち播磨国(兵... 2011.05.28 お話原色陶器大辞典