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砥部焼 とべやき

砥部焼染付鉢愛媛県伊予郡砥部町の磁器。大須藩主加藤泰侯が1775年(安永四)家臣加藤三郎兵衛に命じて築窯させたのが起こりとされています。加藤三郎兵衛は伊予郡原町村大字宮内(砥部町宮内)の杉野丈助を監督とし、肥前国(長崎県)大村藩内の長与焼の...
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常夏 とこなつ

常夏 とこなつ中興名物。真中古茶入、大瓶手。銘は小堀遠州の撰、証歌「惜しむべき隣も知らぬ庭の面やひとりのための常夏の花」。柿金気に黒なだれが少しあるようで、黄が交じり、薄づくりで釉も薄いです。捻り返しは極めて上作。輪糸切、内くもり。大瓶手の...
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苫屋文琳 とまやぶんりん

苫屋文琳苫屋文琳大名物。唐物文琳茶入。奈良松屋源三郎の『松屋日記』によれば、竹中釆女所持の文琳で、名を小堀遠州に所望して苫屋と名付けられました。景色のない壺なので定家の「み渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕ぐれ」の歌に因んで付けたも...
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道楽 どうらく

楽家脇窯の一つ。名は忠右衛門。楽三代道入(ノンコウ)の弟で、若い時放蕩のために家を出て、別に自ら窯を起こしました。印に左書きの楽字を用いました。一書には吉右衛門とあるようで、1656年(明暦二)和泉国(大阪府)堺に来て窯を開きましたが、子が...
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東洋陶磁研究所 とうようとうじけんきゅうしょ

奥田誠一主宰の陶磁研究所で、同大に原文次郎・尾崎洵盛らがいました。機関誌『陶磁』を1931年(昭和六)以来発行し、終戦前まで続いました。刊行書として『東洋陶磁集成』『呉須赤絵図鑑』『薩摩焼の研究』などがあります。
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唐窯 とうよう

中国清朝乾隆年間(1736-95)に唐英のつくった景徳鎮の官窯。唐英は1728年(雍正六)景徳鎖に来て、年窯を始めた年希尭を助けて八年間陶業を営んです。極めて製陶の技術にすぐれ天才的能力があったようであります。乾隆の初め九江の紗関に転任した...
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東窯 とうよう

董窯とも書きます。中国宋代初期の民窯。『格古要論』に「董窯は淡青色にして細紋多く紫口鉄足にして官窯に比すれば紅色無し、質は粗にして細潤ならず、官窯に及ばざること多し、今亦見ること少し」とあります。『景徳鎮陶録』には次のように記されています。...
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東方朔 とうほうさく

名物。朝鮮茶碗、金海。桃の形をしているのでこの銘があります。桃形金海茶碗の銘西王母に対する銘であります。静岡熊沢一衛家蔵、伝来は詳かでないようです。(『大正名器鑑』)
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陶壁 とうへき

建築物の特定空間に用いられる陶磁器壁面あるいは陶磁器造形物を指す新造語。陶壁がこれまでのタイル・モザイク壁画またはタイルの上に描かれた絵画と相違するのは、陶磁器そのものの特性、釉面の諸効果、すなわち陶磁器のあらゆる造形力を駆使して建築の特定...
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陶浜焼 とうひんやき

讃岐国(香川県)高松城下に移って赤松光信の孫陶浜が父祖の業を継いで焼いた陶器。陶浜は名を虞、字は農夫、陶浜はその号(石水・読書堂とも号した)で、通称房崎屋猪太郎。父右橘の業を継いだがその頃は藩の保護も絶え陶業は盛んではなかりました。陶浜の子...