上村信吉 うえむらしんきち

marusankakusikaku
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鶴田 純久の章 お話

尾張常滑の陶工。
白鴎の孫。
1814年(文化一一)に生まれました。
白鴎の作品を模造しついにその作風を悟り、非常に巧みで一見白鴎の作品と変わらないようです。
また水盤や植木鉢などに動物などの浮模様を付けることを創意し、便器の形を考案してつくり始めもしました。
陶信吉と銘が施されています。
1862年(文久二)4月3日武蔵国秩父郡(埼玉県秩父市)で客死、四十九歳。
(『常滑陶器誌』)ちおずみやき(魚住焼)播磨国明石郡中尾村(兵庫県明石市魚住町中尾)の産。
明治初年に西海音助か起こしたもので、器は赤焼の雑器。
(『府県陶器沿革陶工伝統誌』)

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