茶入の一手。
多くは唐物。『茶器弁玉集』に「常陸帯と云事は正月10日鹿島の御祭也神前に帯を懸事有其如く茶入に帯有に働て准て常陸帯と名付け世に類多し然れどもひたちおびの中に小肩衝と云物有口伝也功者に可尋事也小肩衝は価高直なる茶入也」、『茶道正伝集』には「常陸帯の茶入は細長き茶入に腰に帯あるを常陸帯といふとの事は僻説なり、腰帯の切れて後へ返りしを常陸帯返しという事を佐久間不干の言はれし也、其間違ひ心得損にて細長き茶入に腰に帯あるを常陸帯といふ、茶入の名にてなしと細川三斎物語のよし」と記しています。
室町時代の『君台観左右帳記』にすでにこの名称と図がみえます。