万暦赤絵 まんれきあかえ

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鶴田 純久の章 お話

従来わが国で万暦赤絵と呼んできたものは、中国明代万暦年間(1573-1620)の赤絵のほかさかのぽって隆慶(1567-72)・嘉靖(1522-66)のものをも一丸として総称していました。
万暦年製のものが最も多いですので、すべて同系のものをこのように称してきたのであるでしょう。
ただし官窯のものはいずれも在銘品ですので、これを分類して比較すると自ら差異があります。
ことに嘉靖年製は万暦よりも上手であります。
その中には雑彩といって赤地緑文様・緑地赤文様・黄地緑文様・黄地赤文様・黄地紫文様といった類や、青地金側手・赤地金側・紫地金側などと五彩の変化を求めたものを多くみます。
単なる五彩にしても釉薬はたっぷりとして赤など多少の黒味を帯びて深味があります。
例えば透き通った漆のような感じがします。
隆慶は万暦に移る極めて短い年代の製作品であるので遺品も少なく、製品は嘉靖に似ています。
万暦には種類が極めて多いようです。
すべて官窯を尊ぶとすれば、裏に染め付け二重輪の申に大明万暦年製の銘のあるものを可としましょう。
花生・壺などには口辺または肩に銘があります。
また六字一行の額様の銘のあるものもあります。
ともに上手であります。
万暦赤絵の典型的なものは京都本能寺蔵赤絵六角花生、横河博士寄贈の東京国立博物館蔵竜鳳凰面盆、川崎家旧蔵赤絵花瓶などの手で、すべて極めて部厚いどっしりとした作行で一見重厚感のあるものであります。
このほか一手極めて薄手の上作があるようで、あるいは清代の彷製かと疑われます。
この手には皿は見込みに花烏あるいは竜鳳凰・花篭などがあります。
おおむね内部の縁は白無地でただ見込にのみ文様のあるものが多いようです。
なおわが国に伝来し茶器として高価なものに、万暦赤絵升鉢・欄干鶴丸紋香炉などがあります。
世間で万暦というのもおそらく明末・清初の作であゐらしく、中国北部では見られず、官窯ではなくて日本向けの輸出品として製造したものであるでしょう。
(『茶わん』二〇)※あかえ

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