名物大正名器鑑朝鮮茶碗

青井戸茶碗 銘 田中

所蔵:畠山記念館
高さ:6.4~6.8cm
口径:14.0~14.5cm
高台外径:4.8~5.0cm
同高さ:0.9~1.0cm

 田中井戸の名は、もと伊勢津の名家田畑屋田中四郎左衛門の所持であったところから、その名にちなんでつけられたもので、大正十一年横浜三渓園の大師会ではじめて披露されました。その後、知られるところがありませんでしたが、昭和三十三年五月、京都鷹が峰の光悦寺で開かれた、五都連合美術青年会の茶会(東京席)でふたたび披露され、数寄者の賞賛を博するにおよんで、にわかに有名になったものです。
 青井戸の秀逸とされるものは、いずれも小振りで、作ゆき締まり、轆轤(ろくろ)目手強く立つだのを特色としていますが、その点、田中井戸もこの約束にかないます。というよりも、青井戸の名流に伍して、いっこうに見劣りしないものといってよいです。
 まず作ゆきについてみるに、轆轤(ろくろ)目四段荒く回り、なかでも胴央の轆轤(ろくろ)目がよく立って手強く、ひとしお毅然としています。高台脇取り、また一気にえぐって鋭く、竹の節高台は桶底形りにすぼまり、外面の起伏のリズムは変化の妙を見せて、目にも触感にも快適です。天下著聞の柴田、宝樹庵と比べて、いずれ甲乙をつけがたいです。往年、晩秋鷹が峰の光悦寺の茶席で、はじめてどの茶碗を拝見したとき、まず打たれ、眼底強く印象されたのは、実に間然するところのないその作ゆきでした。小がらながらもきりりと締まった凛々しさ、小気味よさ、俊敏気鋭といった感じが、青井戸名碗のもち味であるとすれば、それはこの田中井戸において、尽くされています。高台の小締まりなことも、柴田はじめ名碗の大事な見どころで、これによって作ゆきの特色はいっそうひきたちます。高台中央には、兜巾鋭く立フて、これまた井戸茶碗の約束ながら、点晴の効果をあげています。
 ぬた引きの小筋を見せた素地に、釉肌は枇杷色のあがりを見せます。青井戸は、その名のごとく、普通は蒼みがかったあがりのものが多いですが、これは大井戸手よりも鉄分の多いその素地や、窯の焼成の癖などに由来するもので、蒼苔がかった色あいの釉肌は、見る人に光沢がなく湿ったような感じを与えます。作ゆきも、概して厚手で鈍いです。これに関連していえば、よく古唐津の手で蒼みにあがった作を、ときに青井戸としている場合があります。しかし青井戸の素地は、唐津よりも鉄分が多く、またやわらかく釉肌もやわらかで光沢がありません。
手取りも唐津よりは軽いです。
枇杷色あがりの好例といえば、柴田井戸ですが、釉調のやわらかい点は、大井戸とはちがっています。いったいに大井戸と比べて、素地、釉調のやわらかさが青井戸の特色で、その点、枇杷色あがりといっても、一概に律することはできません。
高台脇から高台内にかけて、みごとな梅花皮(かいらぎ)があり、胴の白い釉だまりとともに、見どころをなしています。畳つきには、五徳目五つ。内面胴回りには、外の強い轆轤(ろくろ)目を受けて張った所があり、見込みには目三つ、茶だまりには横長い火割れがあります。高台脇を通って大破れがあり、口辺の両端に繕いがあるのは、まことに惜しまれますが、作ゆき、釉あがり、そのほか右に述べたいくつかの見どころは、それを蔽って余りがあります。
けだし、青井戸中の尤品と称してはばかりません。
田中家より、のち大阪谷松屋戸田弥七の手を経て、東京馬越家に伝わりましたが、現在は畠山記念館の蔵品となっています。
(満岡忠成)

田中井戸 たなかいど

名物。朝鮮茶碗、青井戸。
東京の田中次郎左衛門家に伝来。
(『茶道名物考』『大正名器鑑』)