安南 絞り手茶碗

鶴田 純久
鶴田 純久

根津美術館
高さ:7.7cm
口径:9.5cm
高台外径:6.3cm
同高さ:1.2cm

安南とは、今のベトナムですが、古代かち中国の影響を強く受けて、北部の清化地方では、早くから製陶の面も発達していました。唐代には、すでに越州窯ふうの青磁が焼けており、また宋窯の青磁、白磁の類に匍ったものも作られています。この時代の白磁は、細かい白土に、透明な玉子色の小貫入のある、柔らかい釉のかかったもので、素地、釉調など、高麗茶碗の柔らか手によく似ています。根津美術館に、古くから加賀に伝世した、「熊川水指」と箱書きのある、口辺に蓮弁の浮き彫りと四つ耳の付いた、安南白磁壷があります。いかにも土昧、釉調、シミのぐあいなど、「熊川」と箱書きするのも、もっともと思われるような作です。明代染め付けに倣ったものも焼けており、明初ふうのものなどには、なかなか器格のすぐれたものがあります。
しかしわが国で、茶陶として賞玩されている安南の多くは、江戸時代初期に当たる黎王朝の時代に、主としてハノイ付近の、バッチャン窯で焼けたもので、これには染め付け、赤絵、白磁などの類がありますが、その中で最もポピュラーなのは茶方で俗に「安南絞り手」と呼ばれている染め付けである。この手は呉須が黒ずみ、黄みがかった釉が、かかっていますが、たいてい呉須が流れ、にじんでいますので、絞り手の名があります。絞り手の名は、近衛予楽院の『槐記』の中にも、南京染め付けについて見えていますが、古くからいわれていたものらしいです。この安南絞り手は雑器ですので、普通の場合、たいてい見込みには、釉のはげた、輪状の、いわゆる蛇の目があり、高台の内には渋釉が塗ってあります。絵付けは奔放蕊落で、この点も大いに茶人の好みに適したのでしょう。
この手を、俗に「安南とんぼ手」ともいうのは、安南絞り手の代表とされるものに、蜻蛉の紋様があるので出たようですが、その本歌とされるものが、実に今回図示の本碗にほかなりません。
形はほぽ三角形で、高台大きく、安南の特色を示し、呉須は、みごとに流れて、蜻蛉の絵付けも茶趣に富み、さすがに、絞り手の代表たる名にそむきません。
内面も口辺や見込みに呉須の線があり底には灰がかかっています。素地は細膩な淡灰色の土で、高台には目跡が三ヵ書にあります。見込の蛇の目や渋釉がありませんが、これはおそらく日本からの注文の好み物とみられ、その点が、また特に本碗に、茶趣の豊かなもののあるゆえんでしょう。
これは藤田家伝来で、往年の売り立てでは、すこぶる高価で落札されて、根津家に納まり、世を驚かせたものです。
(満岡忠成)

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