茶碗は初め茶を盛るということから名が付きましたが、のちには広く陶磁器を称するようになり、さらに飲食器だけを称するようになったのは中世のことで、これに飯を盛るようになったのは極めて後世の慣習によります。平安時代にいう茶坑（碗の字わんは後世のもの）とはもっぱら釉の掛かった石焼質のものを指したようです。当時は中国の風習を伝えて喫茶の流行がありましたが、それはむしろ薬用で、興奮剤の効果を賞用し貴族の間に行われたものでした。この喫茶のために唐代の瓷器の茶碗もまた同時に平安時代の皇室および貴族の家に伝来しましたので、ここに茶坑（知也和无）の称を生じましたが、ついには茶坑を石焼質の通称とするに及んだようです。茶坑の語をなだらかにいって知宇和の語も生まれました。『江家次第』春日祭の条に「中関白、使ひとなり、兼時の山崎の家において水を飲みます。兼時、土器なきによって、茶境をたちまいぶかもってこれを献ず。関白、疑る色あり。兼時、意を得て、ち茶境を給ひて前に渡し云々」とあり、この茶?はすなわち施釉石焼質のものをいいます。そのほか『続古事談』に「藤原兼家摂政の時御膳まうけられけり茶?にてぞありける云々」、『大和物語』に「よしみねのむねさだの少将（中略）ひろき庭に生たるなをつみてむし物といふものにして、ちゃうわんにもりて云々」、『類聚雑例』長元九年（1036）の条に「御骨をもつて茶?壺に納め奉り云々」、『今昔物語』女行医師家治瘡逃語に「茶の器に何薬にてか有らむ摺入れぬる物を云々」、『三内口訣』一器事に「青瓷或ひは白茶碗は、大臣の朝夕の器なり云々」、『十訓抄』に「近くは徳大寺の右のおとど打まかせてはいひ出でがたき女房のもとへ獅子のかたち作りける茶碗の枕を奉るとて云々」、『吾妻鏡』文治元年（1185）十月二十日の条に「茶?具二十云々」など。これら平安・鎌倉時代の書にはいずれも茶碗をもって陶磁器の総称としています。室町時代後期の『君台観左右帳記』には、茶?物之事の標題の下に青磁・白磁・饒州などを掲げ、土之物の標題下に天目類を掲げています。これはまさに磁器と陶器との区別を立てたものです。『仙伝抄』にも「ちゃわんのくわひん」とみえます。近代においては茶碗屋とは磁器店を意味しました。室町時代後期以後盛んに輸入された朝鮮茶碗は、茶の湯におい特に珍賞された茶の湯の茶碗については後述する）。飯を盛るものを茶漬茶碗または飯茶碗と称するのは、漆器の椀と区別するためで、この風習は江戸時代に入って伊万里焼その他の石焼が盛んに起こってからのものでしょう。幕末の『守貞漫稿』によれば「茶を飲む碗を茶碗といふこと勿論なるを今俗磁器の飯碗を茶碗と云ふにより茶用には茶のみ茶碗といひ飯用に茶漬茶碗といふ。茶のみ茶碗には蓋なく茶漬茶碗には蓋あり、文化頃までの茶のみ茶碗は口径二寸六七分の朝顔形茶碗ならびに同じほどの口径の筒茶碗を専用す、筒茶碗は下品用なり、文化以来口径二寸一二分の筒形丸腰の小形茶碗を三都とも専用す、始め煎茶流行のときに用しなれど今は平日用にも専ら之を用ゐ上の二品は廃れり、殊に筒形は廃せり、またこの形にて筒茶碗より大形に厚く高くし密なる藍絵をかき精製なる者あり、湯飲と名く、湯のみにあらずして専ら自己の茶用とし客には用ゐず、茶見世にては客に専用とす」といいます。現時の業者は飯茶碗の形状によってだいたいカントー（広東か）・京形・丸形・平形・反形など大別し、その大形のものをモーリョーまたはモリューといいます。湯呑みには鈴形（仏前の鈴に似ています）・番茶呑み・反形煎茶・角腰・丸腰・端反などがあります。
りんなり【茶の湯の茶碗】茶道に用いられる茶碗は中国・朝鮮・日本の三種があり、中でも朝鮮物が珍重される。中国物は本来茶碗として生まれたものが多いですが、朝鮮物は飯碗とか筆洗・香炉・片口・酢つ・醤油入れなどを茶碗に転用したものがあります。
大きいものを濃茶茶碗に、小さいものを薄茶茶碗に用います。また夏茶碗・冬茶碗があります。夏は浅い平めのものを用い、冬は深く凹んだものを用いるためにこの名があります。また五種茶碗といって筒・飯櫃・塩笥・片口・鳶口の五種があります。その形によって名付けられたものです。茶道で多く用いられ尊ばれるのは次のようなものです。中国物では天目・青磁・染付があります。天目はその主要なもので、曜変油滴・皮盞・灰被・建盞などの種類があります。青磁は人形手を主とし、染付には雲堂・呉州などの種類があります。朝鮮茶碗には井戸こもがいととやたいひさんはいかつぎ三島・熊川・刷毛目・玉子手・割高台・金海・御ほん所丸・堅手・雨漏・御本・雲鶴・狂言袴・柿の蔕・呉器・魚屋・粉引・白・蕎麦・伊羅保などがあります。またいろいろな特徴によってさらにこまかくところ種類を立てます。日本物では楽焼が最も喜ばれ、初代長次郎・三代ノンコウ本阿弥光悦の作が特に珍重される。瀬戸のものでは伯庵・天目・志野・織部などがあります。国焼では唐津・信楽・薩摩・朝日・伊賀・萩・出雲、その他に祥瑞・元贇・仁清などがあります。茶碗の名物には茶入と異なり底本とすべきものがなく、『玩貨名物記』所載のものを大名物とし、『古今名物類聚』『名物茶碗集』『苦心録』『閑窓雑記』『楽焼名物茶碗集』『本朝陶器攷証』!』『茶器名物図彙』などを参照し、茶入に準じて名物・中興名物を定めた。『茶道名物考』は『大正名器鑑』所載のものをすべて名物としています。古来茶人間に一井戸二楽三唐津、また一楽二萩三唐津という成語があり、これによ茶人の好みがわかります。つま茶碗は朝鮮物が最も尊ばれ、中でも井戸は茶碗の王様とされます。中国物はやや堅苦しいきらいがあって献茶の時以外はあまり喜ばれず、今や茶道ではほとんど実用されず、鑑賞的芸術品であるのに留まっています。朝鮮物はすべ本来朝鮮の日用雑器で、無名の陶工が無雑作・無邪気につくったものですが、わが国の茶人はその中に佗びと寂びとの茶味を認め、わが国だけが特にこれを賞美したものであって、これをつくった工人にとっては意外の驚きであったろう。日本の楽焼だけは当初から茶のためにつくり始められたもので、茶を味わうためにはあらゆる点に周到な用意がしてあります。最近の風潮からみますと、茶碗の好みも次第に移り変わって志野・信楽・仁清などが以前に比べて著しく尊重されるようになってきたようです。なおそれぞれの茶碗については各項参照。俗に茶碗の見所または約束というものがあります。井戸の場合には高台・かいらぎ・口造り・・茶溜まり・茶筅ずれ・腰造りなどを指し、伯俺には十誓・十二品というのがあります。楽茶碗では口造り・茶溜まり・高台づくり・高台脇取り・見込を五つの見所といいます。ただしこれらは流派によ人により多少の相違があります。らく【煎茶碗】煎茶式では中国明代の白磁の小器を貴ぶ。おそらく茶の青黄をうかがいやすいからです。茶杯・茶鍾・茶盞・茶・茶怨・啜香などと称します。盞といい鍾といいといっても、その形はわずかの異同があるだけです。煎茶の茶碗は今では毎日のように用いられることとなりました。因みに、日用の湯呑みの平形丸腰のものに蓋を付けるようになったのは、明治末期からの風です。
