松尾徳助 まつおとくすけ

marusankakusikaku
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鶴田 純久の章 お話

有田の陶家。早くから製陶燃料として石炭を用いることに着目し、ほとんど家資分散に至るまで苦心研究したが、1889年(明治二二)頃にやや良好な結果を得、次いで素焼のみは完全に石炭を使用しうる工夫を完成した。1896年(同二九)五月に大隈氏が有田で「陶器の燃料に何故に石炭を採用せざるや」と題し演説を試みたが、徳助はまるで真の知己を得たように喜び、自ら石炭燃料で製造した大火鉢を携帯して大隅氏に面会し大いに激励された。有田における石炭焼の卒先家であった。(『大日本窯業協会雑誌』四六)

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