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鶴田 純久の章 お話

大名物。古瀬戸肩衝茶入。銘は小堀遠州の命名によるもので、『新後撰集』の中納言俊定の歌「色かはる野辺の浅茅におく露を末葉にかけて秋風ぞ吹く」の意をとり、その景色をもの寂しく吹く秋風になびく野路の浅茅の姿に思い寄せたものです。
古瀬戸茶入中で釉色の変態が最も目覚ましいもので、半面は沈着な古瀬戸釉であるのに他の半面は織部焼にみるような釉色で、陰陽表裏をみせています。
色が変わる野辺の浅茅の光景のようでおもしろいです。もと豊臣秀次の臣猪子内匠が所持していましたが、内匠はその主家が没落ののち加賀前田侯に身を寄せ、その際その庇護に感じてこれを前田利常に献じ、以来同家に伝来。かつて小堀宗中がこの茶入を一見したいと金沢に来て三年間滞在し、八方奔走して苦心したが願いは叶えられず、わずかに絵図を得て面影を偲んだだけで帰国したと伝えられます。
(『古今名物類聚』『名物記』『大正名器鑑』)

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