石川県の大亜仁太松は、1913年(大正二)京都に赴き、東山の荒地蛇ヶ谷(東山区日吉町)に窯を開き、国内向けの需要品を盛んに焼いました。
これが蛇ケ谷窯のはじめであります。
蛇ケ谷というのは、かつて左甚五郎が断食祈願をした時、霊夢に生身の竜を見たことによるといいます。
現在この地には多くの窯があります。
(『京窯古今泥中閑語』)
蛇ヶ谷窯 じゃがたにがま
お話
お話石川県の大亜仁太松は、1913年(大正二)京都に赴き、東山の荒地蛇ヶ谷(東山区日吉町)に窯を開き、国内向けの需要品を盛んに焼いました。
これが蛇ケ谷窯のはじめであります。
蛇ケ谷というのは、かつて左甚五郎が断食祈願をした時、霊夢に生身の竜を見たことによるといいます。
現在この地には多くの窯があります。
(『京窯古今泥中閑語』)