善九郎 ぜんくろう

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鶴田 純久の章 お話

尾張国(愛知県)瀬戸品野の陶工六世加藤善九郎重高。
九郎右衛門重行の子で、1619年(元和五)に生まれ、1636年(寛永一三)本家を相続し陶業を営んです。
一説に、重高は父と同じく村上の姓を称したともいいます。
1683年(天和三)正月没、六十三歳。
なお一説に善九郎を瀬戸の景正の十五世としています。
1678年(延宝六)の『森田久右衛門江戸旅日記』中の9月6日の条に、瀬戸の窯を見物したことがあるようで、次の記載があります。
「同6日、滞留仕り釜焼申を見物仕る、惣而瀬戸の大釜焼と申焼も此通り也、則藤四郎焼申釜の写し也。
今日焼申候加藤善九郎と申者藤四郎手筋の由申候、善九郎兄弟三人御抱にて尾張様御用相勤申也、御城之内にかま仕り焼き申由、云々」。
(『をはりの花』『新編瀬戸窯系統譜』)

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