山城国長池の南字玉木池(京都府綴喜郡井手町)の楽焼。玉水楽ともいいます。楽家四代一入の妾腹の子てある一元の創始にかかり、楽家脇窯のうちで最も名のあるものです。1722年(享保七)T几没。二代弥兵衛は任土斎と号し、すこぶる妙手でありました。三代弥兵衛は通称甚兵衛といい閑斎と号しました。四代は通称甚兵衛、楽翁と号し、名手で初めて玉木の印を用いました。なお玉水の印のあるもので楽焼でないものがありますが、それらはその後に製された陶器であるでしょう。(『嬉遊笑覧』『楽茶碗師統譜』『陶器類集』『日本陶甕史』)※いちげん