お話 遠州伊賀 えんしゅういが 小堀遠州の指示によってつくられた伊賀焼をいいます。『三国誌』に「寛永年間小堀遠江守陶工をして茶器を製せしむ、其製極めて精良なり」とあります。その工人がどういう者であったかは明らかでありませんが、『伊賀及信楽』には長次郎ではないかとし、作品に... 2011.05.12 お話原色陶器大辞典
お話 鉛毒 えんどく 窯業に用いる鉛化合物中稀薄酸液に溶ける酸化物・炭酸塩などは激烈な毒で、その作用は累積的であるため近代文明国では鉛毒取り締まりの法令があります。わが国では1900年(明治三三)12月17日に、内務省令第五〇号をもって「欽食物用器具取締規則」を... 2011.05.12 お話原色陶器大辞典
お話 絵具 えのぐ 陶磁器用絵具を製陶技術の発達過程においてみますと、初め素焼き程度の器物に黒・白・赤などの顔料で塗抹描画したことが彩色土器にみられますが、これを陶磁器用絵具として特論する必要はないでしょう。今日陶磁器用絵具の概念は、釉下強火性絵具と釉上弱火性... 2011.05.12 お話原色陶器大辞典
お話 遠州堅手 えんしゅうかたで 朝鮮産堅手茶碗の一種。もと小堀遠州所持のものにこの手のものがあったところから出た名で、堅手のうちでもI体にざんぐりした心持ちのものでありますが、砂堅手とも異なり堅手とはいいながらなんとなく柔らか手の味わいのあるものであります。(『高麗茶碗と... 2011.05.12 お話原色陶器大辞典
お話 オ一ストリア博覧会 お一すとりあはくらんかい 1873年(明治六)オ一ストリアの首都ウィ一ンで開催された博覧会。幕末に一度万国博覧会に参同しましたが、明治政府としてはこれが最初の博覧会事業でありました。当時のわが国には新工業がなかったので旧来の工芸品を主として出品しましたが、たちまちに... 2011.05.12 お話原色陶器大辞典
お話 海老屋清兵衛 えびやせいべえ 享保(1716-35)の頃、京都清水の三寧坂(東山区)に窯を築き茶道具を焼いました。これが清水焼の茶道具を焼き始めた最初であると伝えられ、奥田頴川・清水六兵衛(初代)もこの人に作陶を習ったといわれる(清水家が海老家の屋号を名乗った)。清水焼... 2011.05.12 お話人物原色陶器大辞典
お話 遠州御撰十八品 えんしゅうごせんじゅうはちひん 書名。写本一冊。小堀遠州が選定した十八種の窯別品名をもってそれぞれの茶入を記載したものです。十八品とは真中古・金花山・破風の三窯の中から十八種の本歌を選出したものです。すなわち真中古では小川手・思川手・橋姫手・野田手・塞手・瓢箪手・面取手の... 2011.05.12 お話原色陶器大辞典書本
お話 老茄子 おいなすび 名物。後窯茶入、新兵衛作。すでに天正年間(1573-92)の『宗湛日記』に「老茄子とは老いたる茄子の如く黄なる薬あるに依てなり」とみえる寂び茶入で、底廻りの作行がおもしろいです。三井家の所蔵でありましたが、万治(1658-61)以前から大阪... 2011.05.12 お話原色陶器大辞典
お話 餌袋 えぶくろ 八幡名物。朝鮮茶碗、古高麗。本来は餌を盛る器でありました。薄づくりの大寂物で、滝本坊松花堂の愛用品でありましたが、のち1832年(天保三)9月姫路藩主酒井忠学の所蔵となりました。(『大正名器鑑』) 2011.05.12 お話原色陶器大辞典
お話 老坂 おいのさか 名物。国焼茶入、丹波焼。産地に因み大江山の異称をとって銘としました。薄づくりで釉の変化が特にすぐれています。酒井讃岐守所持、後年高橋篇庵を経て神戸の依田家に入りました。(『大正名器鑑』) 2011.05.12 お話原色陶器大辞典