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原色陶器大辞典

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北野肩衝 きたのかたつき

大名物。漢作、肩衝茶入。もと鳥丸大納言家に伝来したので鳥丸肩衝と呼ばれていましたが、1587年(天正一五)の北野大茶湯の際豊臣秀吉の目にとまったことから北野肩衝の名を得ました。松山・久我と同時代・同手・同釉立ちで、その景色の鮮明さは初花に非...
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北大路魯山人 きたおおじろさんじん

今世紀のわが国陶芸界に大きな足跡を残した異色あふれる陶芸家。1883年(明治一六)3月、京都上賀茂神社の社家北大路家に生まれ、ただちに養子として他家を転々とする数奇な生立ちをし、最後の養家の名を冠して福田房次郎と称しました。貧窮のうちに小学...
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鬼子嶽窯・岸嶽窯 きしだけがま

唐津焼の古窯。 鬼子嶽は今では岸嶽と改められ、佐賀県東松浦郡北波多村にあります。 後醍醐天皇の時の元亨年間(1321-4)、岸嶽西方の山中に朝鮮北方系の透明灰釉を施した飯洞甕窯が創始されたといいます。 唐津焼の起原は極め […]
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木津屋肩衝 きずやかたつき

大名物。漢作、肩衝茶入。奈良木津屋が所持していたことからこの名が付けられたのであるでしょう。格好がよく整い、総体の栗色地に黄釉の飛模様の景色がおもしろく、殊勝な茶入であります。伝来について『麟鳳亀龍』『古名物記』などには、珠光所持、万代屋宗...
原色陶器大辞典

不聞猿 きかざる

名物。後窯茶入、宗伯窯。耳を押さえた庚申猿の形に似ているのでこの銘があります。大阪平瀬家の蔵であったが1886年(明治一九)同地村山家に移りました。(『名物茶入目利書』『茶器目利集』『大正名器鑑』)きかざる 不聞猿不聞猿瀬戸後窯茶入。宗伯作...
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瓦塔 がとう

一般に瓦塔と呼ばれていますが、実物は瓦質ではなくて陶質であります。陶塔ともいいます。木造の層塔を小さくした形で釉部・屋根・相輪の各部分などに分解して焼き上げ、これらの部品を組み立てて一基の塔をつくるようになっています。屋根瓦・稚児棟・飛槍極...
原色陶器大辞典

紀井戸 きいど

名物。朝鮮茶碗、銘の由来は不明。大茶碗で薄作り、時代は古く大寂びで、作中おのずから雄大な気象が観取される茶碗であります。最初の所持者不明。のち江戸の冬木喜平次を経て福知山城主朽木遠江守に伝わり、1796年(寛政八)4月金百二十両で内藤大和守...
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瓦器 がき

近畿地方で平安時代から室町時代にかけて使用された灰黒色の軟質上器。黒色土器の後身であります。灰黒色を呈するのは窯の中でいぶした結果であって、切断面でみるとそれは器壁の表層に留まり、芯は白色に近い灰色を示しています。高台付き碗と浅い皿とが大半...
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瓦漬坪窯 がさへいよう

中国湖南省長沙県の瓦漬坪にあった窯で、長沙窯ともいわれます。唐の末頃から越州系の黄緑色の青磁釉の掛かった器物を焼きましたが、単なる青磁とは異なり釉下に酸化鉄・酸化銅による茶と緑の斑描をもつことで知られています。筆で簡単な花文や鳥文・斑点文を...
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伊木肩衝 いきかたつき

大名物。漢作肩衝茶入。もと伊木氏が所持していたところからこの名があります。大物ではあるが口が締まっていますため品位が非常に高く、漢作の中で一種独特の形式を具えた茶入であります。もと豊臣秀吉が所蔵していたものを、伊木七郎右衛門が拝領した。その...