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人物

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青洲和尚 せいしゅうおしょう

尾張常滑の人。曹洞宗万年山総心寺第八世の住職で、1734年(享保一九)生まれ。博学多才で書をよくし、茶事に巧みで、陶法を名古屋の東流和尚から伝習しての地において楽焼を始めた。ま陶業者に新工夫を授けることが多く、のちの同地陶業の独特な発達はこ...
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諏訪蘇山 すわそざん

近代の名工で帝室技芸員でありました。名は好武。1852年(嘉永五)金沢に生まれた。1873年(明治六)に義兄任田徳次から陶画を受け、1852年(同八)東京に出て陶画業を始めた。翌年品川大井村(品川区)に窯を築き主として塑型による器を製した。...
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角倉素庵 すみのくらあん

江戸初期の事業家。1571年(元亀二)生まれ。名は玄之、通称与一。了以の長男であります。三度も死地を脱して蘇生の思いをしたので三蘇庵とした。のち三の字を省いて蘇庵と改め、また蘇の字を素に改めた。父の代から海外貿易・土木業に従事し、産を積んだ...
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須田菁華 すだせいか

加賀国(石川県)九谷焼の陶画工。1862年(文久二)金沢に生まれた。初名与三郎。京都に製陶を研究し、1883年(明治一六)以来珠洲古窯址菊花文双耳杯<ysf_08902.txt>ろくろ江沼郡山代(加賀市)九谷陶器会社の陶画に従事。1890年...
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白井半七 しらいはんしち

江戸今戸焼の陶家。初代半七は貞享年中(1684~8)の人。初めて土風炉を製し、また火鉢など種々の瓦器をつくった。これに倣って開業する者が数戸あった。二代半七は享保年中(1716~36)に瓦器に釉を施し楽焼と等しいものを製した。倣う者数十戸が...
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六兵衛 ろくべえ

六兵衛(初代)作御本立鶴写茶碗六兵衛(二代)作景文平等院画四方鉢京都の陶家清水六兵衛。初代六兵衛は愚斎と号し、幼名栗太郎、摂津国島上郡東五百住村(大阪府高槻市東五百住町)古藤六左衛門の子。早くから陶業に志し寛延年間(1748-50)京都に出...
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和全 わぜん

和全 わぜん京都の陶工。十一代永楽保全の長男、1823年(文政六)生まれ。通称善五郎。成長するに従って父保全に倣い、特に金欄手・紗文手・古赤絵・仁清・交趾・青磁の風に長じていました。本来油小路一条下ル(中京区)に窯を持っていましたが、185...
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利休 りきゅう

千利休茶の湯の大成者。1522年(大永二)生まれ。本姓田中、祖父の名をとって千を氏としました。初名与四郎、のち宗易と称し、拠笙斎と号しました。道号利休は大徳寺の古渓宗陳から授けられたものです。また聚楽利休屋敷の茶席を不審庵と号しました。遠祖...
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陸羽 りくう

『茶経』の著者。姓は陸、名は羽、字は鴻漸。桑苧翁・竟陵子と号しました。中国唐代玄宗から徳宗頃の人。復県竟陵の水浜の捨子だったといわれています。同地竜蓋寺の僧智積禅師に育てられ儒仏の学を修めましたが、放浪して一時俳優の群れに投じました。その後...
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秋二 しゅうじ

尾張国(愛知県)の人大橋秋二。号松庵。その製品を秋二焼または養老焼と称する。同国海東郡津島津島市)の薬商稲垣某の子で、大橋清左衛門の養子となり医業を修めた。天性風流であり茶道を好み物数寄が多かった。陶法京都の陶工周平に学んで気韻そ高尚な器を...