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人物

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百武兼貞 ももたけかねさだ

肥前有田皿山代官。作右衛門と称しました。かつて文化・文政(1804-30)頃同じく有田皿山代官であった成松信久の二男であります。田代紋左衛門にまつわる騒擾事件で代官石橋三右衛門が罷免されますと、あとを受けて赴任し大いに窯屋を保護しました。明...
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柳宗悦 やなぎむねよし

1889年(明治二二)東京に生まれました。父楢悦は海軍少将で、また和算家として東京数学会社を設立し、海軍水路部設置の功労者でありました。母は講道館柔道の創始者である嘉納治五郎の姉。宗悦は二歳で父を失い、学習院を経て東京大学哲学科を卒業。学習...
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ジイクワン

長崎に居留していた中国清代の人。総官の字を当てたものがあるが、実は周辰官という。東島徳右衛門はこの人から磁器上絵付の五彩の法を習い、のちに柿右衛門にその法を伝授した。※かきえもん ※しゅうしんかん周辰官(しゅうしんかん)中国明朝の人。柿右衛...
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森善右衛門 もりぜんえもん

肥前国(佐賀県)唐津の浪士。縁故により美濃国土岐郡泉村久尻(岐阜県土岐市泉町久尻)の清安寺に来た時、この地の陶工加藤四郎右衛門景延の陶窯を見てその技術を論じ得失を挙げ、ついに景延を伴って唐津の窯業を視察させた。景延は正親町上皇に白釉手の茶碗...
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宮川香山 みやがわこうざん

宮川香山作白雁香合横浜の陶家。本名寅之助(虎之助)。十代真葛長造(香斎、一説に香山)の子として1842年(天保一三)に生まれました。1860年(万延元)家名を継ぎ古器の模造をよくしました。しばらく備前国(岡山県)虫明焼に従事しましたが、18...
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三文字屋九右衛門 さんもんじゃくえもん

京都粟田焼最初期の陶工。もと尾張瀬戸の人。1624年(寛永元)粟田口三条通蹴上今道町(東山区)に来て住み、茶入・茶碗・猪口・鉢・香炉・禽獣虫魚人物像などを焼いた。いずれも巧みであった。窯は同町南側の字華頂畑にあって、安政(1854~60)頃...
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三光 さんこう

尾張常滑の陶工。初代三光は通称常蔵、姓は松下、ろくろ海亭の別号がある。また幼名を初次、長じて恒といったともいう。1806年(文化三)生まれ。幼少の頃から製陶の技を修め、轆轤の妙手で煎茶器や抹茶器および花瓶などの作に巧みであった。また南蛮写し...
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沢田舜山 さわだしゅんさん

陶工。1818年(文政元)若狭国(福井県)に生まれた。若年の頃から京都に出て釉薬商絵宗とと中村宗右衛門の家に世話になって絵具および釉薬を研究し、のちに錦光山について陶技を修めた。舜山は錦光山から贈られた号である。1854年(安政元)肥前鍋島...
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沢嘉介 さわかすけ

出雲国(島根県)布志名焼の陶家。同焼開祖の船木与次兵衛村政の二男で、松江城下の沢家を継ぎ1790年(寛政二)布志名で開業した。子孫が業を継いで今日に至る。「沢本家家系」嘉介秀勝(与次兵衛の二男)・二代市右衛門・三代嘉助忠長・四代嘉助詰・五代...
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砂鳧洞窯 さけるどうよう

朝鮮慶尚北道高霊郡星山面砂鳧洞の古窯。三島手の窯である。薩摩焼の元祖である陶工金海(帰化名は星山伸次)の先祖が代々ここに住して陶器をつくった。薩摩焼の諸窯はこの窯の系統に属する。(『朝鮮陶磁名考』)