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人物

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鯉江方寿 こいえほうじゅ

尾張常滑の窯家。通称伊三郎、方救の子。1821年(文政四)12月7日生まれ。少時より製陶の技術を学び、動物・人物などの彫刻に巧みでありました。性は意匠に富み、父の遺志を継いでいろいろと研究の末ついに真焼窯(登窯)の築造法を考案し、1834年...
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倉田久八 くらたきゅうはち

松濤亭または阿山と号します。伊勢国(三重県)阿漕焼の創始者。津の人。やきものを好み長崎の宝山藤樹からその法を受け、1853年(嘉永六)業を安東焼の窯跡に起こしたが業績が悪く、1887年(明治二〇)窯をもと工場の職工長であった市川岩吉に譲らざ...
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倉橋藤治郎 くらはしとうじろう

1887年(明治二〇)滋賀県に生まれました。1910年(同四三)大阪高等工業学校(現大阪大学工学部)窯業科卒業。国際経済会議・国際連盟総会・国際労働会議にわが国代表部員としてジュネーブに出張し、また工業図書株式会社・実業教科書株式会社の各社...
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黒田政憲 くろだまさのり

福岡県の人。1887年(明治二〇)東京工業学校破璃科(現東京工業大学)を卒業。1897年(同三〇)兵庫県津名郡陶器学校長となり、次いで愛知県瀬戸陶器学校長、1909年(同四二)中国四川省成都中等工業学校に招かれました。1911年(同四四)佐...
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久野正伯 くのしょうはく

土佐国(高知県)尾戸焼の創始者。松伯・宗伯・正白ともあります。当時大阪高津(天王寺区)に住していましたが、前身は帰化朝鮮人または九州系統の人ではないでしょうか。また正伯は仁清の師であるとか弟子であるとか種々論議がありますが、その関係はいまだ...
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久野助九郎 くのすけくろう

尾張藩の臣、正貞・其律・永日庵・廉郷・九幡霜舎などの号があります。寛政・文化(1789-1818)頃の人。勤仕の右余暇に茶事を好み陶器をつくって所掲の印を刻しました。(『をはりの花』)
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楠田与兵衛 くすだよへえ

肥前国藤津郡八本木村(佐賀県鹿島市浜町)浜山窯の陶工。1864年(元治元)同窯を創業。(『府県陶器沿革陶工伝統誌』)
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九谷永楽 くたにえいらく

加賀国江沼郡山代村(石川県加賀市)に来た十二代永楽和全の窯をいいます。安政・文久(1854-64)の間に山代村の宮本屋窯が廃窯に瀕した時大聖寺藩物産役所は三藤文次郎などにこれを管理させました。また1866年(慶応二、一説には翌年)京都から和...
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工藤市太郎 くどういちたろう

愛媛県砥部大南(伊予郡砥部町人南)の窯家。その窯はもと千代の松の宮相撲取りの所有でありましたが、取引先の浜松藤八のものとなり、彼が来て焼造したので浜松窯ともいいます。藤八の死後を受けて実弟の工藤市太郎が引き継いで焼造し、向井和平没落後の砥部...
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国枝季輔 くにえだすえすけ

明治時代の名古屋の人で、常に茶事を好み、山菊を愛して自ら「花のや」と号し、また瀬戸の古陶器を集め、その形式などに倣って種々の器物をつくり楽しみとしました。『をはりの花』